[PR]

人を救う絶望、救わない綺麗事。映画レビュー「ヒミズ」

[PR]

公式サイト:http://himizu.gaga.ne.jp/

がんばろう日本、がんばろう東北というキャッチコピーが嫌いだ。このコピー、本当にいたるところで見かける。東京を走るタクシーにもこのコピーのステッカーが貼ってあったりする。仕事先が日比谷なので、帝国ホテルの前をよく通るのだが、そこを出入りするタクシーには必ず貼ってある気がする。そんなとこに出入りできるような人間にそんなメッセージを発してどうすんの?とか思っていた。そのステッカーはある種の免罪符だろう。要するに世間体だ。

本当に応援したい人に向けて発しているのではなく、ええかっこしいの世間体のための「がんばれ」ほどウザいものはない。

そう云えば、サイタマノラッパーの入江悠監督の神聖かまってちゃん、劇場版でも応援ソングはクソだと云っていた。自分の人生を通して何度「がんばれ」という言葉を聞いたかわからないけど、2011年は特に多かった。がんばれという言葉が無闇に空中に飛散していた。

この映画「ヒミズ」は、稲中で有名な古谷実の同名マンガを原作としている。僕はこの原作を古谷実の最高傑作と思っていて、その救いがたい底の見えない圧倒的な絶望に打ちのめされた。世の中には、底の抜けた世界があって、どうあがいても這い上がることができない理不尽が存在するということを、強い説得力を持って描いていた。
少女の献身的な貢献も親切な警官の言葉も彼を救えそうで救うことができない。あの状態、絶対的絶望とでも云えばいいだろうか。とにかくそういうものを描いた作品だった。

監督、園子温は一貫して本当の希望は絶望を通過しないと訪れない、という主題を用いる人だ。この監督の描く絶望もまた圧倒的に絶望の度合いが深い。ただ、それゆえ提示される希望の輝きもその辺の盆百キャッチコピーとは比べ物にならない。

その園子温がヒミズを映画化した。しかも2011年に。
園監督は、311に向き合わなければ表現を続けられないと云った。現代の行き詰まった社会の絶望を描くことにかけては右に出る者のない園監督。彼は急遽ヒミズの脚本を改訂し、舞台を被災地にすることを決めた。2011年の震災から間もない被災地を舞台にあの絶望的な物語を描こうという。急遽入れ込んだとは思えないほどに違和感の無い出来映えに驚いた。それは僕がリアルに2011年を経験したからそう感じるのかもしれないが。

この映画には一般的な意味での立派な人が出てこない。主人公住田のクラスの担任の教師がもしかしたらそうかもしれないが、教師の云う被災の悲しみを乗り越えて一人一人の花を咲かせなさい、という言葉は圧倒的に寒々しい。冒頭に挿入される瓦礫の山と化した被災地を目にした後では、ただのキャッチコピーは力を持たない。そんな教師の対して住田の云うフツウ最高という叫びの方が切実な響きがる。これからの時代は被災地ではフツウに生きることすら大変なことだからだ。花など咲かせるような余裕があるのか。

主人公の住田も彼を想う茶沢さんも家族仲は最悪だ。彼らの絶望の直接の原因はそこにあるのだが、設定が震災後の被災地に変更されてことがここで生きている。震災で日本人は一つになったかというと、実はむしろバラバラになっている。東浩紀氏の云う事が頭をかすめる。「震災で僕たちはバラバラになってしまった」震災が原因で家族が離散、離婚しているケースも多々報道されている。住田と茶沢さんの、あのとりつくシマもないほどにぶっ壊れた家族関係は、今の日本を象徴しているようにも見える。

父親を殺した後、住田は自分の人生を「有意義に」使うために悪い奴を殺そうと包丁を持ち彷徨い歩く。しかし、殺すに値するほどの悪人はそう簡単には見つからない。それが住田の絶望を一層深くする。茶沢さんの献身的な貢献も震災で仕事も家も失った初老の夜野(原作では同級生の設定)もなかなか彼の心を変えることができない。茶沢さんに心惹かれ、救われそうになりつつも原作では彼は結局自殺してしまう。
しかし、映画では住田はこのしんどい現実を生きる選択をする。母に捨てられ、父を殺し、悪い奴を殺すという唯一掲げた目標も達成できず絶望しきった少年は、最後なぜか少女の願いに応える。

住田の貸ボート屋のある川にはなぜか小屋が浮かんでいる。震災で流されたのだろうか。とにかくしぶとく川の中央あたりにプカプカと浮かんでいる。ラストシーンで住田は一人でその川に沈み込んでいく、その時彼が感じたことは誰にもわからない。もしかしたら住田自身にもわからないのかもしれない。しかし、監督の演出の巧みさをあるが、茶沢さんの叫びに応えてゆっくりと川から出てくる住田の姿は、もの凄い説得力がある。
川・水・水に浮かぶ小屋。嫌でも津波を連想する。そこから這い上がる住田。とても静かなショットだが非常に力強い。

ラスト、走り出す住田に茶沢さんが「住田がんばれ」と叫ぶ。

生まれて30年、オレはあんなにも含蓄ある「がんばれ」を聞いたことがない。涙が止まらなかった。

2011年が日本にとって、この映画が描くような絶望なのかどうかはわからない。ただ、本当の希望は絶望の先にしかない。それを追いかけるためにも僕らは2011年と向き合う必要がある。2011年の日本が凝縮された傑作だ。

Tags: ,