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警戒区域一歩手前の光

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2011年3月11日、「東北」という地名にはある意味が付与されてしまいました。(東北という括りは正しくないかもしれませんね。岩手・宮城・福島を個別に指すべきかもしれません)
以前は本州の北に位置する北国であったそこは、「被災地」という悲劇を連想させる意味が加わってしまいました。
被災地から連想する言葉って悲劇や犠牲という類のものでしょう。あれだけの大惨事だったのですから無理もないです。
昨年来、僕自身もそういうイメージを抱き続けていました。東日本大震災は自然災害としては史上最も記録された災害でると思いますが、幾多の津波の映像、全壊した街並みを見て絶望を感じない人間もいないでしょう。
加えて福島原発の事故は、今回の災害を一過性の問題ではなく、日本社会全体の今後を左右する長期的課題として突きつけています。家に帰れない人がいる、故郷が奪われた人がいる。多くの人が亡くなった。被災地には間違いなく悲劇はあります。しかもそれは長く長く続く悲劇です。

しかし、被災地と呼ばれるようになった地域には悲劇しか無いわけではないのです。笑顔も人情もあるのです。
週末、南相馬市の原町区に行ってきました。朝日座という映画館で、上映会があるというのでそれに参加するためです。
滞在はたったの2日間ですが、この2日間の体験は僕が「被災地」、「警戒区域の一歩手前」という事前情報から得ていたイメージを壮快に裏切ってくれました。
長いことそういう「期待通りの情報」から逸脱した何かを見つめる感性を忘れていた気がします。

僕はアッバス・キアロスタミという映画監督のファンなのですが、(それでクラウドファンドに13万円も突っ込むハメになったのですが。。。)彼はあらかじめ観客が期待しているであろう予定調和を裏切るのが大好きな監督です。
有名な「ジグザグ道三部作」ではいずれも探し物している主人公は結局探し物を見つけられないまま物語が終わってしまい、「風が吹くまま」という作品は、イランの田舎にある風変わりな葬式を取材に来たクルーが、結局死にそうだったおばあさんが持ち直して取材できないで終わる、という話だったりします。しかし、キアロスタミは単に観客の予期を裏切るだけでなく、あらかじめ期待していた以上の何かを提示するのですね。「ジグザグ道三部作」の一遍「そして人生はつづく」では大地震で被災したゆかりの地(友だちの家はどこ?のロケ地)でかつて撮影映画の主役だった少年達を探し周るという話ですが、結局安否もわからぬままに映画は終わります。その代わりに発見したのは、前日大地震で家も道路も全壊しているようなところで必死にアンテナをたて、ワールドカップの中継に聞き入っているおじさん達だったり、結婚式を上げたカップルだったり、そんな風に人生を謳歌している人たちだったりします。

ABCアフリカというドキュメンタリー映画はもっと強烈に裏切ってくれます。「200万人がエイズで死亡し、なお200万人がエイズに感染、160万のエイズ孤児、そして内戦による孤児があふれるウガンダ」に国連の国際農業開発基金(IFAD)の依頼で子ども達の実態をカメラに納めに行ったキアロスタミ監督は、現地の悲惨な状況をよりも子ども達のまぶしい笑顔や、歌い踊るウガンダの人々を撮影してるんですね。これは依頼を受けて撮影しにいっているのですから、観客どころか依頼人の期待すら裏切っているのですが、ウガンダに対してあらかじめ強烈な「情報」を刷り込まれた僕はあまりにもスクリーンに写されるウガンダの人々が輝いているのでそのギャップに涙しました。

今回、南相馬を訪れて再発見したのは、そういう風に物事を見る感性でした。

3月17日は南相馬の路線の駅としては警戒区域の一歩手前、原ノ町駅前ではちょうどお祭りが開催されていました。それほど大きな規模ではなかったですが、お祭りとなるとやはり人が集まります。警戒区域一歩手前ということで、ある程度ゴーストタウンチックな面もあるかのと予想していたのですが、全然そんなことはなく、なかなかに活気が溢れていました。

今回南相馬まで行った目的は朝日座という映画館で行われる上映会に参加するためだったのですが、主催「朝日座を楽しむ会」の代表、小畑さんは終止笑顔で、しかも良くしゃべる方で大阪のおばちゃんかと思いました。(笑)朝日座を楽しむ会は6名のメンバーで運営されているのですが、みなさんやたら元気なんですね。
この朝日座という映画館、大正12年に創業という大変歴史のある劇場なんですが、その裏側まで見せてもらいました。芝居小屋時代の天井桟敷とか奈落まで残ってるんですね。朝日座については改めて書きたいと思います。

お腹が空いたので、映画と映画の合間に何か買って食べようと祭りの屋台に行ったのですが、もう祭りが終わりに差し掛かってて、全て完売している屋台がほとんどだったんですが、焼き餃子の屋台に売れ残りを発見、一つ買おうと声をかけたのですが、売れ残りが2つだったのででもう一つ押し売られるハメに。。。
さらになぜかとなりのケバブ屋さんもそれにのっかり始め、そっちでも最後の残りの2本のケバブをも買うハメに。。。。みなさんの笑顔で押し切られましたよ。
250円の出費でよかったはずが、1000円浪費するハメになりました。(笑)ノーと云えない性格だということを見抜かれていたのか。。。

反対に、お土産を買ったお菓子屋さんはどら焼きを2つおごってくれました。ありがとう「菓匠 栄泉堂」のお姉さん。年齢的にはおばさんだったかもしれませんが、お姉さんに見えたんです。

さらに上映終了後小畑さんからは余ったお弁当までいただきました。(笑)だからそんなに食えないって。。。
その夜、腹がパンパンで超苦しかったのは言うまでもないですね。
これが南相馬流の人情か。。。

日常会話の中に非日常的な避難、放射能という単語が何気なく飛び交ってもいました。それと同時に当たり前の日常が当たり前のようもまたありました。

上映会の様子、映画のレビューは別途書きたいと思いますが、上映作品の一つである『相馬看花 ―第一部 奪われた土地の記憶―』の上映後、地元のお客さんの一人から出た質問が大変素晴らしかったので紹介します。
マスコミやジャーナリストの方は、ある意味で人の、被災者の不幸をメシの種にしている。被災地に来て熱心に不幸探しをしているけど、それに対して後ろめたさはないのか、という主旨の質問でした。
その質問に対する松林要樹監督の答えはもまた素晴らしく、その映画はさらに深くこの質問に答えていたように思うので、松林監督の答えは別途映画レビューの中で書きたいと思いますが、僕がこの質問に対して思ったことを一つ。そうした不幸なネタから生まれた記事やニュースにこの一年たくさん触れた人間として。

僕らのような東京近郊に住んでいる人間は、普段そういう「不幸探し」によって生まれた情報から東北の現状を認識しています。そこから冒頭に書いたような、被災地に対する「期待された」イメージが出来て来る面があります。
そしてある種被災地以外の地域に住んでいる人間は、そうした不幸を期待している可能性があります。メディアも人気商売。センセーショナルな情報や悲しみを含む悲劇を伝える記事は注目を集め、「売れる」構造が出来上がることに関しては、消費者も共犯関係にあります。(あるいは、僕自身が、そういう情報を欲してネットでそういう情報を積極的に集めていたのかもしれません)
そうした情報が被災地の関心を集めることに役立っている面が多いにあることは事実だと思いますが、それが被災地の全てではない。被災地の過酷な現状も悲劇も報道される必要はこれからも勿論ありますが、それを消費する受け手側はより大きな想像力を持ってそうした情報に接する必要があると思います。少しでも想像力を大きくし、被災地を見つめる立ち位置を少しでも変えるだけでも随分と見えるものが違ってくると思うんですね。実際に南相馬に来てそれが一番実感したことです。

福島、電車の路線では警戒区域の一つ手前にあるものは、決して不安や絶望だけではなかったです。
そこには笑顔も親切も押し売りもありました(笑)
被災地に悲劇しか読み込めないのは感性が貧しい。人間はもっと奥深いものです、故郷を無くすかもしれない危機が目前にあっても、人は人生を謳歌できる。
もちろん実際には、こんな綺麗事だけでは終れない問題がたくさんあることは承知の上で敢えて云うのですが、震災から1年、日本に対してなかなか明るい未来を想像できなかったのに、一番過酷な現実の最前線である南相馬でむしろ希望を見つけたような、そんな思いです。

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