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映画レビュー「オレンジと太陽」

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公式サイト

かつてのイギリスは、高福祉国家として名高く、「ゆりかごから墓場まで」という有名なスローガンが示す通り、国が生まれた時から死ぬまでの安全を守る、というのが国としての政策だったわけです。

しかし、当然高福祉社会は支出がハンパないので、国家財政の破綻の危機に見舞われたイギリスは「鉄の女」サッチャーによって、新自由主義経済の緊縮財政・自己責任奨励の国へと姿を変えました。
ゆりかご、というからには生まれて来る赤ん坊のころから幸福の自由を保証するための制度がイギリスにはあったわけですが、かつてイギリスの名匠ケン・ローチは、このイギリスの児童福祉政策の闇を「レディバード・レディバード」という、実話を基にした映画で描いています。

情緒不安定な母親マギーは、そのせいで母親不適格とみなされ生まれたばかりの赤ん坊を強制的に取り上げられてしまうのですが、一度不適格と行政に見なされれば、何度も同じ目にあい、最終的には6人もの子供を強制的に取り上げられてしまい、面会すれ許されない。虐待の可能性のある親から人道的見地から子供を守るという名目で行われた非人道的な政策の矛盾を見事に描いた作品でした。

このケン・ローチの息子であるジム・ローチの長編映画デビュー作である「オレンジと太陽」もそうしたイギリスの福祉政策の黒い歴史を描く作品です。ケン・ローチという名前は現在の世界の映画界でも特別な名前の一つで、同じ姓を持って映画を作るのは相当なプレッシャーもあるとは思うのですが、全く名前負けしていない素晴らしい作品です。

これだけの仕事の出来る人間を、名匠の息子、という風に紹介するのも失礼かもしれません。

とはいえ、父親の作品の影響を受けていないということもなく、このような社会の矛盾に晒され苦しんだ人に焦点をあてる姿勢は父親譲りでもあるでしょう。デビュー作なので、こうした枕詞がついてしまうのは宣伝の都合上しかたがないでしょうが、次回作から「オレンジの太陽のジム・ローチ」と堂々と書けるでしょう。素晴らしい作品でした。

この映画は、1970年代まで続けられていたイギリス、オーストラリア両政府の合意の上で行われていた強制自動移民の実態を描いています。偶然の出会いでこの事実を知ったソーシャルワーカーのマーガレット・ハンフリーズが闇に葬られていたこの実態を暴きだし、自分が何者なのか、自分の親に一目会いたいと願う人々の再会に尽力します。

このような政策が先進国で70年代まで続けられ、政府から正式な謝罪があったのはつい最近の2009年だというから驚きだ。
延べ13万人もの子供が強制移民させられ、カトリックの施設などで過酷な労働を強いられ、レイプまでされていた実態、そうして故郷とアイデンティティを強制的に奪われた人間の悲しみを静かでエモーショナルな語り口で描きます。

人道的に子供を保護するという建前で行われていた非人道的な政策。しかし、それを告発するという姿勢よりも、これも父親のケンに重なる部分があるんですが、それに引き裂かれる人間にこそ焦点をあてる監督の目線は、「正義」というきな臭いイメージからは離れた所にあるのです。

演出スタイル自体はドキュメントタッチというよりは、ストレートなドラマ仕立てになっており、際立った個性を感じるものではないですが、非常に洗練された演出で、新人監督とは思えない力量を感じさせます。まあ、テレビでは長いキャリアのある人ですからね。
映画は1986年の話ですが、主人公のモデルとなった、マーガレット・ハンフリーズは今も引き裂かれた家族を再開させるべく活動を続けているそうです。

参考記事:
『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』 『オレンジと太陽』 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 試写
イギリスの黒い歴史と言われた「児童移民制度」における虐待や強制労働を、政府相手に告発した社会福祉士、マーガレット・ハンフリーズを直撃!

本作の原作であるマーガレット・ハンフリーズによる著書。

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