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『ティエリー・トグルドーの憂鬱』が描く、心を荒廃させる貧困

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元々、フランスはその華やいだイメージとは裏腹に長年高い失業率が社会問題となっている。下の図は1980年から2016年のフランス国内の失業率の推移だ。ここ数年は10%前後まで上がってきている。

出典: 世界経済のネタ帳
出典: 世界経済のネタ帳

高い失業率から若者が国外で飛び出すケースも増加しているという。
増加する若者の国外移住、フランス 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

『ティエリー・トグルドーの憂鬱』は、そんなフランスの失業問題を失業者の視点で描いた作品だ。フランス国内では100万人が見たと言われるほどの大ヒットを記録した。フランス国内で、こうしたインデペンデントなアート作品が大ヒットするのは稀だ。それだけ多くのフランス人にとっても、身近で切実な問題を描いているからだろう。
50代で1年以上も失業中のティエリー・トグルドー。職業訓練を受けても希望の就職先は見つけられず、やっとの思いでスーパーの監視員の職を得る。妻と障害を持つ息子のつつましい3人暮らし。このささやかな幸せを守るためトレーラーハウスを売り、生活を切り詰める。
新しい職場のスーパーでは、日々万引きやレジ店員の不正など、ティエリーと同じく貧困に喘ぐ人々が事件を起こす。それを日々監視し、告発する毎日にティエリー心をすり減らしていく。

本作の原題は、「La loi du marche(市場の掟)」。本作の物語をそのまま表現したタイトルと言える。経済の停滞によって職を失ったティエリーがそこから抜け出ようとあがくが、市場のルールを破る(万引きやレジの不正)を監視する側に回るティエリーは、その市場のルールを守る側になったがゆえに苦悩する。ティエリーはたまたま監視する側の立場を得たのだが、そこには交換可能性がある。監視の仕事はティエリーでなければできないわけではないし、ティエリー自身がさらに困窮して不正をしてしまう可能性もある。市場においては、人もまた「機能」の一部でしかない。機能として正常に作動できなければはじかれるしかない。

監視員としてティエリーに求められる機能は、不正の検知である。それができなければ新しい人材に置き換えられるだけ。しかし目の前に横たわる人々の事情は、情のある人間ならば機械的に除外するなど、なかなかできることではない。ティエリーは市場のシステムと目の前の人々の不幸とに板挟みとなる。

冒頭、酒場で仲間たちと飲むティエリーが「失業して心が壊れてしまった」と言う。貧困が人の心を荒廃させる。心が壊れたティエリーだが、それでも人並みの生活を得るためにつかんだ仕事がさらにティエリーの心をむしばむ。どうすればいいのか出口の見えない。邦題にあるようにまさに「憂鬱」な現実だ。

そんな現実を、素人俳優をも起用しながらドキュメンタリータッチで描き出す。本作でカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したヴァンサン・ランドンは終始抑制した芝居で失業者の悲哀を全身から滲みだす。

昨今、日本でもNHKの報道から貧困問題が大きくクローズアップされることになったが、むしろ批判側が心が荒廃しているのではないかと思わせる展開を見せていた。清貧はあまりにも理想的な概念だ。貧困は本当は心を荒廃させる。そのことをまざまざと見せつける秀作だ。

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