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「オーバー・フェンス」何も解決しなくても、生きてるだけで幸せ

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僕は人はこうあらねば幸せではない、とかそんな型にはまった言われ方をするのが本当に嫌いな性格なのだが、そういうタイプの人間にはこの映画はとても染み渡る。

本作は、「海炭市叙景」、「そこのみにて光輝く」に続く、佐藤泰志の小説の映画化第3弾だ。前2作とも非常に高い評価を得ており、すでにこの世の人ではないが、これほど丁寧に映画化される小説家もそうそういないかもしれない。芥川賞に何度も候補として挙げられながらも、不遇の時を過ごした生前よりも、作家佐藤泰志の名声は上がっているように思える。元々この3部作は函館シネマアイリスの菅原館長が佐藤泰志をより広く知ってもらおうとスタートした企画だった。その目的は、この上なく素晴らしい形で達成されたのではないだろうか。

今回は、前2作と打って変わって前向きな余韻を残して終わる。もちろん、佐藤泰志の持ち味である、地方のどこにも行く宛のない絶望と倦怠感を抱く人々を描ききった上で、その上で登場人物たちの温かい未来が訪れそうな、そんな余韻がある。人物たちの抱える問題が解決されるわけでもなく、ただそこに生きていることが幸せなことなのではないかと思わせるような、そんなことを思わせるとても素晴らしい映画だ。

3部作に通底する近藤龍人の視線

佐藤泰志3部作は、全て違い監督によって映画化された。それぞれの作品には監督の個性も刻印されているが、それでも共通の世界観であるときちんと感じさせる。3部作全ての撮影を担当した近藤龍人氏の存在が大きかったのだろう。どこかに彼の視線のようなものを全てにおいて感じさせる。スタイルも役者を見つめる視点も異なっているが、そこに流れる空気が共通しているというか。同じ函館の町であるというのもあるだろうが、この視線の共通性が異なる監督による3部作のつながりのようなものを作り上げている。それぞれ違う人間を描いているものの、同じ町で同じ空気の中で苦しんだり笑ったりしているのだという、小さな町の世界の広がりを感じさせる。
今回は、一般的によく使われるアメリカン・ビスタではなく、少し狭いヨーロピアン・ビスタを採用していた。これも撮影監督の近藤氏の発案だという。山師監督は近藤氏の狙いをこのように想像している。

「錚々たるキャストで、一見派手な映画にも感じるけど、実は小さな町の小さな話なんですよね。だからこそ、近藤君はヨーロピアンビスタで撮りたかったんじゃないかな。役者のパワーをバン!と押し出すんじゃなくて、函館という町のサイズ感にとけこませる。それにはヨーロピアンビスタはピッタリだった」
監督:山下敦弘 独占インタビュー|若さゆえのおろかさは、未来への糧|女子ツク

こうした発案も、前2作で函館の町を撮ってきたからこそ出てきたものだろう。この試みは確かにとても効果的に画面に反映されている。華やいだスター性は極力拝され、登場人物たちはこじんまりとした存在感に終始しているが、それがとても心地よく感じさせる。

なにも解決しなくても、生きているだけで幸せな瞬間

山下監督は、公式サイトで「その瞬間を生きている人間たちの映画にしたい」と語っている。だが、本作は人生に目標を持って情熱的に生きる人の物語ではなく。どちらかと言えば、生きる情熱をなくし、日々を無為に過ごす人々の物語だ。そうした人々にも幸せを感じる瞬間がある。大事なものを失い、幸せを感じられなくなったとしても、それでもその瞬間を生きている。生きているだけでなぜなだか幸せな気分になる瞬間がある。本作のラストはそんなラストであると思う。なにも問題は解決していない。しかし、それでも幸せな空気に包まれる瞬間は、なぜだか人生には訪れる。

本作はそんな瞬間を描いた作品だ。人生に迷ったらもう一度見たい。

本作のオダギリジョー、蒼井優はじめ、役者陣の芝居は出色。同日公開の「怒り」が役者の芝居が素晴らしいと評判になっているが、こちらも全く負けていない。本年度の邦画のNo1候補作だ。

(C)2016「オーバー・フェンス」製作委員会

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