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『呪術廻戦』の両面宿儺について書きました

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 アニメ!アニメ!の敵役連載、今回は現在人気沸騰中の『呪術廻戦』から両面宿儺を取り上げました。

 「呪術廻戦」両面宿儺は敵か味方か…“正義の不自由さと悪の自由さ”をめぐる主人公との関係性 | アニメ!アニメ!

 宿儺は敵なのかという点にも議論の余地があるよなと思いつつ、あえて取り上げてみました。主人公と価値観を異にしているし、非常に対象的な存在として描かれているし、真人よりも主人公を苦しめている存在ではなかろうかと思ったので。

 普通に真人を取り上げようかとも考えていましたが、単純に宿儺の方がスケールが大きいキャラで、まだ謎も多いし、考えがいのある存在かもしれないと思ったというのもあります。真人はわかりやすい悪役ですけど、宿儺なトリッキーだし、取り上げるならこちらの方が面白そうだと。

 宿儺について書くにあたり、やはりそれを取り込んだ主人公、虎杖悠仁についても書く必要があったので、結構虎杖の描写にも文字数を割いています。割かざるを得なかったんです。

 彼の主人公としての不自由さみたいなものをすごく感じるんですよね。いきなり死刑確定ですし、じいちゃんの遺言を守るため、という目的で戦いに身を投じていくわけで。正義はもともと不自由な面があると思うんですが、本作の主人公はとりわけ不自由で、アニメ版はそのことを漫画以上に強調しているように思えます。

 それに比べて身体の自由はないのに、宿儺はなんと自由に振る舞っているんだろうと思ったので、今回のテーマは「正義の不自由と悪の自由」にしてみました。

 宿儺は己の生得領域で悠々と他人を見下しているのが印象的です。快・不快のみを基準に生きて、自分だけのルールに従う存在で、それ以外は眼中にない。真人や漏瑚とは器の違いを感じさせます。

 対して、虎杖が従っているのはあくまでじいちゃんの遺言です。「オマエは強いから人を助けろ」「大勢に囲まれて死ね」の2つを守ろうと彼は行動している。この作品は言葉による「縛り」というものが大きな要素になっていますが、遺言は虎杖を縛っている面もあるように思えます。このあたり、記事でも言及したアニメ版のさりげないアレンジが効いているような気がします。

 主人公に悪の強大な力が取り込まれているという設定はわりとよくあるものですが、大抵主人公とその悪は歩み寄るんですよね。ナルトの九尾とか。でも、宿儺はそうならずに最後まで主人公と相容れない存在でいきそうな気がしています。

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