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山田尚子監督の最新作『平家物語』の原作との比較を書きました

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 シネマズPLUSにて、山田尚子監督の最新作『平家物語』を原作と比較する記事を書きました。

 【アニメVS原作】『平家物語』山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実 | cinemas PLUS

この作品が発表された時に驚きました。山田監督が平家物語、しかもサイエンスSARUで制作ということで。どんな作品になるのか、予想がつかなかったですが、始まってみれば大変素晴らしい作品です。

 この記事を書いた時点では2話までのところで、原作となった古川日出男さんの現代語訳と比較しながら書いています。非常に長い(900ページ超え)の本なので、読むのも大変ですが、面白いです。

 本作は一般的な「平家物語」のイメージとは異なるテイストに仕上がっていると思いますが、そのエッセンスはたしかに原作にもあることがわかりました。テレビ放送は2022年1月からとなりますが、ぜひ観てほしいです。
 
 
 以下、原稿作成時のメモと構成案。
 
 
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Point5つ
びわという少女。。。。重盛に拾われる。親を平家に殺されている
 まさに平家の衰退を間近で見た人物として設定している・・・原作の、まるで見てきたかのようなディレールあふれる臨場感ある描写・・映像的という原作の後書きを引用
 びわのコミカルな芝居と動き、アニメらしい創造性を発揮している。
女性が語る平家物語
 原作でも、琵琶法師が自分で女性だと主張する瞬間がある。(実際にはいろんな人が語ったものをつぎはぎしたもの)
 古川日出夫さんのメッセージを引用
 原作の幕引き役、徳子さんが1話から存在感を発揮。びわとも親しくしている。なぜ平家物語のラストが徳子さんに対する感情たっぷりの描写なのかを、実際に世話になった人が語っているとして解釈したと思われる
平清盛の大物悪党感
 おもしろかろう?の一言でとんでもないことを摂政に働く。調子に乗っていて、しかも大物感も一言で漂わせる。
未来が見える、過去が見えるという設定。。オッドアイのびわと重盛
 結末を知る我々と同じ視線を有すると言えるびわ。語り手
カメラアイと映像的な書物だということ
 望遠の使い所
 フレア演出
 あの時代にカメラがあの絵柄で存在する面白さ
 冒頭、歩く足の手前の地面にわざわざボケを入れてそれも移動させる。。面倒なことをしている。
 
 
随所に山田尚子監督らしさが見える
 
 

Intro
山田尚子の新作がサイエンスSARUでしかも平家物語で、アニメファンを驚かせている

原作は古川日出夫さん訳の平家物語
どのようい映像化したのか、原作と比べてみてみる。
 
 

Body1 アニメ平家物語の概要
びわという未来を見える少女がいる。
重盛と出会い、世話になる
 
 

Body2 古川日出夫訳の方針は
なるべく原文の感じをそのまま現代の言葉で伝えることを主眼に置く。
序文を引用
多くの人に語り継がれたもの、語りてがコロコロ変わるので、調子も変わる。それが魅力だとしている。
 
 

Body3アニメはどう演出しているのか。
びわという少女が語り手と設定

平家の滅亡を間近に見た人物として設定されている。
未来が見えるというのは、平家の運命を知っているということ。。それは視聴者の視線とも近い、視聴者の代弁者的な人物を物語の中に入れ込むことで、没入感を高める。

中心となりそうなのは、重盛と徳子
重盛は、原作では清盛の横暴を収めようとする理知的な息子であり、驕れる平家の中でも真っ当な人間として描写された人物。。。アニメでは過去が見える特殊な力を持つものとして、琵琶の過去を見てしまう。。

徳子。。。原作では、全ての幕引き役で唯一の生き残り。。。ここの描写が非常に感情が漏れ出ている。原作では、語り手が女性であることを唐突に吐露する瞬間がある。

びわは男のふりをしている少女、徳子はすぐに女だと見抜き、「そのほうがいいかもね、女なんて」と言う。女性の受難

古川さんのアニメに向けたメッセージを引用

清盛のキャラ描写のうまさ
面白かろうという台詞で、清盛の悪逆さと大物感を一度に出している。

 
 

Body4 映像的な平家物語
後書きで映像的と言っている。どういうことか。
記述がディテールに溢れて見ているかのように語られる。

それを映像化しているということになる。
山田監督は、カメラを意識した画作りが得意。
今作も、フォトリアルな世界でなく、絵っぽい世界でも、カメラ演出が巧みに使われる。
ボケの使い方
冒頭、歩く足のショット、手前の地面にボケをかけている。
フレアの挿入
冒頭のちょうちょにはレンズフレアが入る
望遠と広角の切り替え、
重盛がびわにここに住まぬかと誘うシーン。横から見ると、2人の距離はかなり離れている(広角)、だが肩ナメのショットでは2人の距離はすごく近い(望遠)。レンズのチョイスで2人の心理的な接近を絶妙に表現

映像的な平家物語を映像的に演出している。
 
 
 
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 メモ終わり。

 びわという女の子を主人公にしているのですが、これがオリジナルキャラで、この存在に山田監督と吉田玲子さんの原作の解釈が詰まっているのだろうと思います。未来が見えてしまうというのは、私たちがこの平家の結末を知っているということに重なりますね。それに、原作は非常に臨場感があって、まるでその場で誰かが見て実況してるかのような印象を与えますが、実際に平家の興亡をびわという少女が見ていたという体裁にしているのですね。

 これからどんな展開になるのか、非常に楽しみです。源氏側のキャラクターがどのように描かれるのか興味が尽きないですね。原作ではわりと野蛮な一面が描かれるわけですが、考えてみると軍記ものなのに、勝者側じゃなく敗者側を騙っているこの作品はとてもユニークなものです。日本的な感性ですね。山田監督がそれをどう描くのか、最後まで見てまた何か書きたいなと思っています。