映画製作というのは一般的に大金のかかる、ハイリスク・ハイリターンなビジネスであります。
近年はデジタル化の恩恵を受けて、制作費のコストは多少なりとも抑えられ、自主映画も活発に作られています。
映像作品を発表する場に関していえば、デジタル・オンライン革命の恩恵を受けて(マネタイズできるかどうかを別にすれば)作品発表にかかるコストは劇的に下がっています。
製作に関しては、人的コストやロケーションの問題などまだまだ色々大変な面はありますが、映像作りというのが、かつてと比べて格段に身近に感じられるようになりました。
大げさに云えば映像制作の民主化とでも云えますかね。
映画製作は集団作業であって、多くの人間を巻き込みます。良い映画を作る時には、卓越した才能を持つ監督や、俳優、脚本家などがその感性を多いに発揮できることも重要ですが、それと同じくらい集団を一つの目標に向かっていかにまとめ上げるかも大変重要です。
言い換えると、期間限定のコミュニティ作りのようなものです。
こうした映画製作を地域活性化に役立てようとする動きがあります。
ものがたり法人「FireWorks」は、映画製作を通じた「地域のブランディング」を提唱し、単なる映画のロケ地に留まらない、まち作りと映画作りのコラボレーションを、地域住民を巻き込んだ活動を行っています。
そのFireWorksの最新作である「ふるさとがえり」もまた、阜県恵那市を舞台に、地域の人々が実際に映画作りに参加し製作された作品です。
この映画は「えな”心の合併”プロジェクト」というプロジェクトが母体となり、市町村合併後に、なかなか各ローカルコミュニティの交流が進まない現状を映画製作を通じて打破しよう、ということで企画がスタートしました。
この映画の製作意義として公式サイトにはこうあります。
地域の全面的協力で創るのではなく、地域自身が発信する物語である
従来の映画作りのように、制作会社が、既に決まっている物語を地域フィルムコミッションの協力で制作するのではなく、地域の人々自体が主体となり物語自体の作りこみにも参加をし、メインのスタッフとして、ただの協力ではなく、自分たちの映画として制作に携わることで、本当の意味での地域から発信する映画とする。
地域側からの自立的な映画製作の意義について、この映画の上映会展開のプロジェクトリーダー、五井渕利明さんにインタビューを行いました。
Q:まず映画の製作経緯と五井淵さんがこの映画に関わることになった経緯とお教えください。
五井渕:「ふるさとがえり」を製作した、ものがたり法人FireWorksは、デビュー作である「らくだ銀座」以来、約10年間、市民参加型で「映画製作を通じたまちづくり」という活動を続けています。
「ふるさとがえり」の舞台となった岐阜県恵那市は、昭和と平成の大合併で13市町村が1つの市になったまちです。
すべての始まりは、恵那市で暮らす1人の男性が、7年前のある日突然、FireWorksの事務所を訪ねたところからでした。
「合併して形としてはまちが1つになった。でもそこで暮らす人々の心の交流はなかなか進まない。どうにかしたい」
その出会いから、映画制作によって住民の心を1つにすることを目指した、「えな”心の合併”プロジェクト」がスタートし、映画「ふるさとがえり」が制作されました。
※FireWorksの公式サイトはこちら。
えな”心の合併”プロジェクトの公式サイトはこちら。
僕自身がこの映画に関わることになったのは、脚本家の栗山宗大との出会いがきっかけでした。2011年の夏、クランクインの1カ月ほど前、都内のある勉強会に栗山さんは講師として登壇していました。
「映画を使ったまちづくり」に興味をそそられながらも、そのモチベーションに疑問を感じた僕は、彼に「なぜ、それを続けられるのですか?」といったような質問をしました。
栗山さんは「僕の原動力は、“人”です。どうにかしたいという想いや夢を持った仲間と、映画の制作という1つの目標に一緒に向かっていく。その熱い仲間たちと作品をつくっていくことが本当に楽しくて、やめられないんです」と答えてくれました。
その言葉を聞き、翌月には恵那に行くことを決め、「ふるさとがえり」の現場を体験することになりました。
恵那の人たちはすぐに「仲間」として受け入れてくれました。スタッフ全員が真剣で、一丸と一つの目標に向かっていることが本当に実感できましたね。約1カ月間、毎日ヘトヘトになりながら動き続けました。
完成した映画を恵那のスタッフと一緒に観た時は、自分自身の思い入れと物語の素晴らしさに涙が止まりませんでした。同時に、「この映画を必ず、全国の1人でも多くの人に届けよう」と心に決めて、みんなに約束しました。
Q:この映画は一般に見られている劇場映画とは違うスタイルで製作されていると思います。どのようなスタイルで製作されたのでしょうか。
五井渕:特徴はいくつかあります。
(1)制作費をすべて個人や企業からの「協賛金」で調達したこと。
(2)「市民全員参加型映画づくり」として、恵那市民全員になんらかの形で映画制作に関わってもらったこと。
(3)制作スタッフの半数ほどが、想いを同じくしたボランティアスタッフだったこと。
※恵那の市民約5万6000人が映画の製作に関わったとのこと。
http://www.hurusatogaeri.com/news/%E5%AE%AE%E5%8F%A4%E6%96%B0%E5%A0%B10122.pdf
プロであるかどうかの垣根を越えて、ありとあらゆる関わり方がありました。
撮影スタッフとしてはもちろん、毎日スタッフ全員分の食事を作る人、エキストラを集める人、方言指導をする人、等々。
やるべきことは無数にあって、全員が自分事として取り組みました。
また、映画づくりがどういうものかを体験してもらうために、「映画塾」や「脚本塾」というようなワークショップを何度も開催しました。
プロモーションムービーの制作も現地の人たちと一緒に行い、多くの人を巻き込んでいきました。
Q:映画を通した地域ブランディング、とはどのようなものでしょうか。いわゆる「ロケ地」となることで観光客を呼ぶといったようなものとは何が違うのでしょうか。
五井渕:「ロケ地」となることで一過性のお客さんを呼び込むのではなく、あくまで地域の人たちが自分自身のやりたいことや実現したい夢のために、一緒に1つの映画をつくり上げることで、人の心はつながり関係性は変化します。
そうして完成した映画は、50年100年、人の心に残り続け、全国各地で感動を生むことになると思います。そして「ふるさとがえり」が制作された恵那というまちは今、全国から注目を集めています。恵那にとっても、この映画が誇りになって、これからのまちをどうしていくかを考えていくことになれば、と願っています。
Q:この映画、一般劇場での公開はせず、全て自主上映という形を採用していますが、なぜですか。このスタイルに込めた思いはなんですか。
五井渕:「ふるさとがえり」は、「誰と観るか」ということをとても大切にして上映会の形で展開しています。全国各地の手作りの上映会には、開催しようと動いてくれた人たち自身の、まちを変えていきたい、つながりをつくっていきたいという想いが込められています。「何かしたい」のきっかけとするために、「ふるさとがえり」の上映会を使っていただいています。
1つ1つの上映会に思い入れがあり、それは上映会の参加者の方々にも伝わります。これを丁寧にリレーし続けていくことで、「ふるさとがえり」が大きなうねりをつくり出し、多くの人やまちの未来を変えていくことができると信じています。
Q:この映画は見る人に何を伝えようとしているのでしょうか。
五井渕:シンプルですが、「あなたにとって、ふるさとってなんですか」ということでしょうか。
物語には多くのメッセージが込められていますが、何を受け取るかは観た人それぞれに違っていいと思います。これは、自分自身の体験や想いを掘り下げて考えさせる映画だからです。観ていただいた皆さんが、「あなたにとって」「自分にとって」、ふるさととは、大切なものとは、と考えるきっかけになれば幸いです。
自主上映という形ながら、すでに200カ所以上で上映され、既に2万人を超える観客が鑑賞しているこの映画。
インディーズ映画の世界では観客動員1満員を超える作品はヒットと云われる世界ですから、観客動員数2万人というのは、インデペンデント映画としたら大ヒットです。既存メディアの宣伝なしでも人と人の繋がりだけでもこれほど多くの人に届けることができるのですね。
行政区分での市町合併によって、生じる地域の反発をいかに乗り越えて新しいコミュニティを創出することに映画製作が貢献できる、というのは娯楽としての映画の新しい存在意義になり得るかもしれません。
ふるさとがえり公式サイト
http://hurusatogaeri.com/
なお、6月16日に東京都北区にて映画の上映会とワークショップが開催されます。
○場所:王子駅前 北とぴあ14階 スカイホール
http://goo.gl/wH2Di
参加費は、第1回・第2回 1,500円(学生1,000円)
(懇親会 4,000円)
お申し込みは以下のサイトで受け付けています。
イベントの詳細も以下のサイトで確認できます。
⇒http://kokucheese.com/event/index/35158/
この映画のロケ地となった場所をGoogleマップで確認することができます。
「ふるさとがえり」ロケ地マップ
より大きな地図で 「ふるさとがえり」ロケ地マップ を表示