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【ネタバレあり】映画レビュー『フライト』

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本作は宣伝の印象から受けるサスペンス映画ではなく、信仰や誠実さと利己主義の狭間で葛藤する男の物語だ。飛行機の不時着の瞬間に教会を破壊するシーンに始まり、飛行機から逃げまとう信者たち、副操縦士の信心深さや、ドラッグ中毒から抜け出そうとする女性、ガンに蝕まれている入院患者のセリフなど随所に神や運命とは何かを問う仕掛けが施されている本作。実に見応えある骨太ドラマ。
フライト FLIGHT 映画パンフレット 監督 ロバート・ゼメキス キャスト デンゼル・ワシントン

冒頭のシーンに重要な情報はあらかた入っている。酒、クスリ、トリーナ、そして離れてしまった家族。
ファーストシーンは、主人公ウィップ・ウィトカーとキャビンアテンダントのトリーナベッドをともにした朝から始まる。朝から離婚した奥さんから養育費の催促の電話があり、癇癪を起しているウィトカーは、朝から昨夜の残りの酒を流し込み、コカインまで吸っている。完全に社会人としては破綻しているが、現恋人のトリーナのことはきちんと愛しているようでもある。

この「英雄か、犯罪者か」というキャッチコピーで、真相は何だったのかを追いかけるサスペンス映画のような印象を与えるが、違う。ファーストシーンでその宣伝のイメージをきっちり書き換えておかないと、その後の展開を楽しめないかもしれないので、非常に重要。
クロかシロかでいうと、この主人公は実際に酒もクスリもやってフライトに臨んでいる。

それどころか機内でもウォッカを2本開けている。しかし、見事な判断で乱気流を切り抜けるなど、操縦の腕は確か。実際にこの機体トラブルで乗客を生還させられるのは、シミュレーション上では1人もいないというのが劇中でも明かされる。

飛行中に機体トラブルが起き、迅速かつ背面飛行で高度を保つという大胆な方法で、多くの乗客を救ったウィップ。しかし、乗客と乗組員合わせて6人は帰らぬ人に。そのうちの1人はトリーナだった。彼女は乗客の子供をかばい犠牲になる。
この冒頭がクライマックス、のようなテンションでゼメキスはこの一連の飛行シーンを演出する。12年ぶりの実写映画だが、全く演出のキレが鈍っていないことに驚く。やはり只者ではない。

不時着現場は野原なのだが、ポツンと教会が立っているのだが、飛行機はその尖塔を翼で崩して不時着する。教会を崩されたにも関わらず、信者たちは乗客の救出を手助けしたようだ。

奇跡の不時着を果たし、一躍彼を英雄としてメディアが取扱いだすが、事故後の検査の結果、ウィトカーの血液から高いアルコール濃度が検出される。一転彼に嫌疑がかけられ弁護士ヒュー・ラングはその報告書をつぶすべく奔走する。

奇跡の着陸、と言っても6人が犠牲になった。誰かがその責任を取らされる。実際には自己原因は機体の整備不良であるのだが、それでもウィップの取った判断は果たして適切であったかどうか大きく訴訟の行方を左右する。

彼がアル中であることが公になるのはまずい。公聴会でそのことを追求されれば、いくら整備不良が事故の主要因だとしてもウィップにも何らかの責任を負わされる。自分の判断の正しさを信じているウィップは同僚のキャビンアテンダントや副操縦士に口裏を合わせるように言って回る。この男の利己主義的な部分が如実に露わになるシーンだ。

酔っぱらったままの状態で車も運転すれば、元妻の家に突然押し掛けたりもする。元妻との仲は険悪。息子も罵るほどに彼を嫌っている。理由は「家族よりも酒を選んだ」から。

公聴会前日、彼はこの日のために立ち続けていた酒に手をだしてしまう。彼はどうしようもなくアル中であり、病院で知り合った女性、ニコールの誘いで参加した断酒会でも自分がアル中であるなどど、認めない。認めないというか自分で自分を偽っているという方が正確かもしれない。彼は筋金入りの嘘つきなのだ。

そんな彼が自分の運命を決める公聴会で真実を告げる。この公聴会のあの展開はおよそシナリオが決まったいたように思う。機体からウォッカ2本の空き瓶が発見された。これ手に入れることができるのは、乗務員だけ。検査の結果4人はシロ。残りはウィップと死んだトリーナのみ。そしてトリーナにはアルコール依存の過去があるという事実を、わざわざ公聴会で詰問する側が提示する。

死人に口なし。彼の人生最大の難関のゴールは明らかに見えているにもかかわらず、彼はその道を選ばなかった。ウィップは自分が直前まで「俺は酒の嘘をつき続けた。いつも通りのやり方で切り抜ける」などと言っていた男は、少年をかばって死んだトリーナに罪を被せる嘘をつけなかった。

そうして彼は収監された。キャッチコピーの「英雄か、犯罪者か」で言えば結論としては彼は犯罪者と認定されたことになる。

しかし、囚人となったウィップの元へ息子が面会に訪れる。理由は大学入学のためのエッセイを書くために彼にインタビューしにきたのだ。エッセイのテーマは「人生の中で最も偉大な男」

映画の最後のセリフは、インタビューする息子の「Who are you?」。

彼は犯罪者となったが、最後に誠実さを取り戻すことで少なくとも息子のヒーローになれた。死者に罪を被せることなく、自分に嘘をつくのを辞めることで彼は英雄になれたのだ。

この映画をより深く楽しむためにはクリスチャニティについて理解しているといいと思う。神様が操縦したんじゃない、オレだ、とはっきり語るウィップがある意味信仰に目覚めるというようなストーリーとも言える。彼の目を覚ましたのは死者に対する畏敬の念のようなものだが。

デンゼル・ワシントンのパフォーマンスは、粗野と真面目を両方合わせ持つような素晴らしいパフォーマンス。クズも彼が演じると、どこかクズにになりきれない部分が宿る。ウィップの悪友を演じるジョン・グッドマンも効いている。彼という悪友の存在がウィップのダメな部分を一層引き立てていた。

しかしロバート・ゼメキスはやはり一流のハリウッド監督だと改めて思った。飛行機のシーンは壮絶だが、その後のドラマパートも魅せてくれる。公聴会前日のウィップが酒を掴むシーンや、ドラッグを冒頭のドラッグを吸い込むシーンのトリップ感など、素晴らしい演出が随所に見られた。

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