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映画『疎開した40万冊の図書』と青空文庫に思う、文化を残すことの大切さ

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人の思考は全て過去の経験や学びから作られていくものだ。何一つ独立して突然生まれるものではない。過去に何をしたか、何を読んだか、何を観たか、何を聞いたか。僕らの思考を形作るものは過去からの学びだ。

多様で豊かな完成や思考を身につけるには多くの文化に触れた方がいい。社会が豊かなものであるためには、社会は人々が本や映画、音楽など文化的成果物にできるだけ自由にアクセスできる環境を作ることが望ましい。

しかし、そうした環境を作る以前に本が失われてしまったら意味がない。20世紀初頭の太平洋戦争時、貴重な文化遺産ともいうべき図書館の蔵書が、東京大空襲によってまるごと喪失してしまうかもしれない危機に見舞われた。
日比谷図書館を始めとする東京中の図書館も空襲に見舞われ全館消失という惨事で実に44万冊もの本が焼かれてしまったという。

しかし、そんな貴重な蔵書を一冊でも戦争の火の手から守ろうと、本の疎開を行っていた人たちがいた。ドキュメンタリー映画『疎開した40万冊の図書』は大戦当時、人力で図書館の蔵書と読書家から買い集めた書物約40万冊もの本を疎開させ、戦火による消失から救った人々の記録。疎開して消失を免れた書物の中には江戸時代の分g区や伊能忠敬の地図、江戸城の造営に関する資料などや、安政の大地震のルポともいうべき安政見聞誌なども含まれる。もし消失していれば、後の歴史研究などにどれほどの打撃を与えたのか計り知れない。
文化作品は実は後世に残すことで価値を発揮するものがある。その意味でどんな作品でも記録され、アーカイブされることは大変に重要なことだ。新しい思考も感性も過去から学ぶことから始まる。その学びの依り代となる本が失われてしまえば文化を、社会を発展させることはできなくなるだろう。この映画は戦中、本を守った人々の思いを描き、文化を守り残すことの大切さを伝える。
疎開した四〇万冊の図書

本の疎開運動は、大戦当時日比谷図書館の館長だった中田邦造の提案で始まった。しかし、それを運ぶ人員ほとんど戦地に赴いており、中学生たちの手を借りることになる。リュックや大八車を使用して人力で本を奥多摩や埼玉県志木の農家の土蔵に運ぶ。その数はおよそ40万冊。図書館の蔵書だけでなく、民間の読書家が所蔵していた貴重な本を買い集め一緒に疎開させた。当時、本を運んでいた中学生らは柳田邦男の家から本を運んだことを印象に残ったこととして挙げていた。
東京大空襲によって日比谷図書館を始めとする東京中の図書館は火の海に消えてしまったのだが、この疎開運動によって多くの図書を守ることに成功した。しかし中田氏は「もっと救えた本があった」と悔やんだそうだ。当時図書館の館長であった中田氏は、文化へのアクセシビリティの観点から一人でも閲覧者がいるなら、図書館は解放されるべきという信念のもと図書館を開けつづけたらしい。それが本の疎開を送らせることにもつながった。しかし、文化財はあるだけでは意味はなく、人がアクセスできて初めて意味が生まれる。この決断を責めることは難しい。

守られた40万冊の本は、中学生達の手によって守られた。当時の東京は200回以上もの空襲があったのだから、本を運ぶ途中に空襲に巻き込まれるリスクもあっただろう。彼らは命がけで文化を守ったことになる。

この映画を見ていて、青空文庫のことを思い浮かべていた。青空文庫は、著作権の切れた文学作品を収集し、電子化しているプロジェクトであり、インターネットを通じて無料でそれらを入手することのできる電子図書館だ。この呼びかけ人の1人である富田倫生氏もまた、貴重な文化財を残し、僕らにアクセスしやすいようにしてくれた功労者だ。その思いは40万冊の図書を疎開させた彼らに通じるものがあるかもしれない。
「過去の作品を下敷きにして、新しい作品を作ることも容易になる。個人の“資産”から社会のそれへと位置づけを変えることで、作品を、さまざまに活用する道が開ける」との信念のもと、コツコツと17年間と創りあげてきたアーカイブの点数は今では1万を超えている。

文化を戦火から守ることと、インターネットという最新の流通に乗せて名作をより多くの人に届けることはどこかで地続きになっているように思う。文化が人を育み社会を発展させる原動力だと双方とも信じている。

文化はなぜ重要だろうか。いろんな理由があるが、民主主義をより良いものにするために必要なのだろうと思う。国民1人1人の思考が幼稚なままでは、健全な民主主義はありえない。多様な文化が多様な思考を作り、それが健全な思考を生むとすれば、文化は民主主義の根幹をなす重要なものだ。

記録し、残すことはそれ自体が大変に重要なことだ。そのことを深く噛み締めさせられる作品だった。

映画『疎開した40万冊の図書』は、11月2日から11月7日まで東京都写真美術館ホールで上映される。お時間ある方は是非見て欲しい。

また劇場に足を運べない方は書籍版を手に取るといいでしょう。

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映画の予告編はこちら。