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「ストレイト・アウタ・コンプトン」映画もヒップホップも生き様である

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ラッパーの映画は、なぜか胸にくる。多分ヒッピホップは生き様が重要で、映画は人の生き様を描くものなので、相性がいいんだろう。
「ハッスル&フロウ」しかり、「サイタマノラッパー」しかり。日米ではその生き様にずいぶん差があるが、エピソードがハードかどうかよりもその生き様の本気度が重要だ。

本作は、80年代から90年代に活躍した西海岸出身の伝説のヒップホップグループ『N.W.A』の伝記映画だ。映画ファンにはアイス・キューブの所属していたグループというとわかりやすいかもしれない。後にスヌープ・ドッグや、2パック、エミネムらを成功に導く名プロデューサー、ドクター・ドレーも所属していたグループだ。
カリフォルニアのコンプトンという危険な街出身の彼らは、ドラッグがはびこり犯罪の絶えない街で生きる若者たちの姿をそのまま歌詞にした。過激な内容の歌詞ゆえにFBIなどにも目をつけられながらも、成功をつかみ、やがて裏切りから別離にいたる過程を丹念に描いている。

 

コンプトンはロサンゼルスの南側に位置する、貧困地帯である。人口の大半が黒人とヒスパニックで占められるこの街は犯罪率が非常に高いことで知られ、殺人件数は全米でも指折りである。生き残る事自体が大変で、自らも犯罪に手を染める者も多い。
本作の主人公の一人、N.W.Aの中心人物であるイージーEもドラッグディーラーであった。アメリカのゲットーから金持ちになるには、バスケット選手になるか、ラッパーとして成功するか、薬で儲けるか。いつ殺されるかもわからないディーラー稼業から足を洗い、イージーEとその仲間たちは、その激しい生き様をラップにたたきつける。

ファースト・アルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン」の大成功により、N.W.Aは一躍全米の若者の心をつかむ。(後にこのアルバムは、ローリング・ストーン誌のオールタイム・ベストアルバム500で147位にランクインする)
しかし、あまりにも過激な内容であったため(個人の方の和訳がここにある。日本版の歌詞はマイルドにされていたりするので、自己和訳のこれの方が雰囲気伝わるかも →『ストレイト・アウタ・コンプトン / N.W.A』|◆.B L U E + P R I N T.◆)、FBIからも目をつけられるほどになる。実際に若者を暴力的な行動に扇動しているとみなされ、都市によっては、ライブが警察の監視下におかれることもあった。
「俺たちは、街の見たままを歌っているだけ」と白人インタビュアーに対して主張する彼らは、アメリカの最も重要な精神のひとつ「表現の自由」の体現者でもある。アメリカの犯罪都市は夜になれば、どこかで銃声が聞こえてくるような、普通の人は近づかないところだ。アメリカに住んでいても関わりにならずに一生を終える人が大半だ。だからそんな街のリアリティを知る人は少ない。彼らのラップはジャーナリズムの亜種でもある。

アメリカは経済の格差の激しい国であることはよく知られている。成功者の国というイメージもある一方で、コンプトンのようなゲットーも多数ある。ヒップホップカルチャーは、アメリカの光と影で言えば、影の方から発生したものだが、その影を圧倒的に激しく描いてみせた若者たちがN.W.Aだった。そして彼らは成功して光の側に行くことができたわけだ。ダークサイドの魅力、負のパワーを力に変えて、その先には光があるというのは、実にアメリカらしい矛盾だと思う。彼らはストリートのリアルの体現者だったが、それが世間に知られるほど有名になったころにはもうスターだった。本作は、彼が成功してからの豪勢な暮らしや醜い金銭トラブルも赤裸々に描く。金と女にまみれたムチャクチャな生活である。しかし、そこも含めて全て彼らの生き様である。

ヒップホップがカッコいいのは、本気の生き様が刻まれている時だ。N.W.Aの生き様は本気のものであり、この映画にもその熱はしっかりと染み付いている。

ストレイト・アウタ・コンプトン
N.W.A.
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