ハリウッドはVRに向けて動いている
20世紀FOXの映画で「わたしに会うまでの1600キロ」という映画がある。2015年のオスカーで、リース・ウィザースプーンが主演女優賞候補に、ローラ・ダーンが助演女優賞にノミネートされた作品で、日本では2015年の9月に公開されてなかなかの評価だった。薬と男に溺れた生活をやり直すために、1600キロに及ぶパシフィッククレストレイルを踏破した女性の実話を映画化したものだ。主演のリース・ウィザースプーンはプロデューサーも務めていて、かなり入れ込んでいた企画らしい。
この映画、20世紀FOX本体ではなくアート色の強い作品を手掛けるフォックス・サーチライト・ピクチャーズの作品で、実際に批評家からの評価も高い作品である。しかし、注目すべき点はその質の高さだけではない。この作品、FOXのVR(バーチャル・リアリティ)試験作品の第一号でもある。2015年のCESでお披露目されている。
Fox's journey into virtual reality begins with 'Wild'
2015年の12月にフェイスブック傘下のOculus Riftの予約が開始され、2016年はいよいよVR元年か、と騒がしくなっている。「〜元年」というのは、なにをもって元年なのかよくわからないので、どうでもいいが、VRという新しいプラットフォームが、大きく躍進する年になるのは間違いないだろう。VRはゲーム業界と映像業界の次の革命的テクノロジーとなる可能性が高い。
ハリウッドはすでにVRコンテンツ製作に向けて動き出している。すでにOculusのオンラインストアで作品を販売する計画も進んでいるようだ。
Hollywood Studios Wade Into Virtual Reality – Bloomberg Business
Lions Gate Entertainment and 21st Century Fox have agreed to sell movies via Oculus’s online store, and Netflix will make its streaming service available on VR headsets.
(ライオンズ・ゲートと20世紀FOXはOculusのオンラインストアで映画を販売することに合意し、NetflixもVRヘッドセットでストリーミングサービスを試聴可能にするとしている)
わたしに会うまでの1600キロのようなドラマ作品にVRの可能性が?
それにしても面白いと思ったのは、20世紀FOXがVRの最初の試験として、派手なブロックバスターでもアニメーション作品でもなく、「わたしに会うまでの1600キロ」を選んだことだ。この作品、どちらかと言えば、ミニシアター系の作品というか、インデペンデント系の映画だ。謳い文句も「全米大ヒット!」よりも「〜映画祭出品」とか「〜賞受賞」とつくタイプの作品である。しかも3D映画ですらない。それがいきなりVRである。
なぜFOXはVR試験の第一号にこのようなドラマ作品を選んだのか。イメージ的にはSFやファンタジー作品の方がVRの魅力を伝えられそうな気がする。実際、リドリー・スコットのオデッセイや猿の惑星などをVR化する計画も進行中なのだが、「わたしに会うまでの1600キロ」のようなドラマ作品にもVRの恩恵があるということなのだろうか。VR制作を担当したPaul Raphaël氏とFélix Lajeunesse氏は、この作品が選ばれた理由についてこう語っている。
we understood why [Fox] wanted us to think of a VR experience for that because we really believe in the power of virtual reality to communicate human intimacy, human proximity and sort of a pure emotional human experience,” says Lajeunesse. “And this film is about that … And that level of intimacy is the kind of approach that we’re interested in for virtual reality.”
(意訳:FOXがなぜ我々にこの映画のVRを作らせたかったのかよくわかった。我々の信じるVRのパワーとは、人間との親密や近接さ、エモーショナルな体験をコミュニケートできることにあるというもの。この映画はまさにそのことについての映画だからだ)
このVRコンテンツは約3分程度の短いものだが、何ができるのかというと、リース・ウィザースプーンが森の小道を歩くのを間近で見、岩に座って休む姿を隣で目撃したりという単純なものらしい。体験者はその映画の世界に、実際に存在するかのような感覚を味わえるようだ。映画のエグゼクティブ・プロデューサー、David Greenbaum氏は、「VRがとても人の心を掴むのは、それが時に最もシンプルで深遠な体験であるからだと思う」と語っている。
その世界に存在すること、登場人物たちと同じ空気を吸うこと。Raphaël氏とLajeunesse氏の言葉で言うと「Being There manifests」によって、物語の体験は大きく変わるかもしれない。Raphaël氏とLajeunesse氏はintimacy(親密さ)とproximity(近接さ)という単語で、2Dや3Dとの体験の違いを語っている。VR化によって、僕らは今まで以上に物語に没入し、登場人物たちに深く共感できるようになるのだろうか。だとすればVRの可能性は物語の可能性を大きく拡げることになる。
極端な例で言えば、平面のスクリーンで観賞する際、小栗康平やテオ・アンゲロプロスの映画のような静寂の多い作品は、シネフィルでなければ眠気を誘われるものだが、VR化によって映画の世界に観客が同時に存在できたとしたら随分と観賞体験が変わるのではないだろうか。
ちなみに小栗康平の映画てこんな感じです。文字通り寝ています。
もっとも、FOXは今年(2016年)のCESでは、リドリー・スコットのSF大作「オデッセイ」のVRを披露しているのだが。これはOculus Rift、the HTC Vive、PlayStationで見られるようになるらしい。
‘The Martian VR Experience’ to Debut at CES | Re/code
VRは3Dに次ぐ映像の革命となる可能性が高い。これが一般化した時、どんな物語が語られるのだろう。恩恵を受けるのはブロックバスター映画だけじゃないのかもしれない。平面の映像の文法も随分高度に発達しているので、今すぐに本格的な時代はやってこないだろうし、2D作品も生き残っていくんだろうが、VRは久々に訪れた映像表現の新しいプラットフォームだろう。
今年はVR関連のニュースを中心に追いかけていこうと思う。
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