非日常映像に被せられる日常的な声
ネイチャードキュメンタリーは、映画館の大きなスクリーンの醍醐味を味わう絶好の題材の1つだ。普段なかなか見ることのできない大自然の不思議や驚異を大きな映像で体感するのは、居間のテレビで見るのとはまるで別種の体験である。
本作は、「WATARIDORI」や「オーシャンズ」といったネイチャードキュメンタリーの傑作を作ってきたジャック・ペランとジャック・クルーゾー監督の最新作。「WATARIDORI」の時は、生まれた時に初めて見る物を親と思い込む習性を利用して、軽量飛行機で渡り鳥を並走撮影するなど、画期的な撮影方法で自然と肉薄した迫力ある映像を見せる監督だ。本作では、一つの森を舞台に狼やヒグマ、様々な鳥や虫や小動物が共存する大自然の姿に2万年前の氷河期から現代にいたる歴史を重ねる。一体どのように撮ったのか、本物の映像とは信じがたいシーンの数々は見る者を圧倒する。とても新鮮な非日常体験が味わえる映像作品だ。しかし、本作はそんな非日常の世界にやたらと日常感溢れる声でナレーションをかぶせている。本作の劇場公開は、日本語ナレーション版のみとなっているが、日本語ナレーションを担当しているのは木村文乃と笑福亭鶴瓶。「鶴瓶の家族に乾杯」の時と同じ声、同じ関西弁で動物たちの神秘の生態系を詳細に説明してくれるのだが、日本の地方をぶらり旅する感覚で動物たちの世界を見つめろ、ということだろうか。やたらと意外性のあるキャスティングである。
ナレーションは「従」であるべき
映画は、終始木村文乃と笑福亭鶴瓶のナレーションとともに進行する。木村文乃の可もなく不可もないナレーションは無難なチョイスといったところだが、鶴瓶のそれは明らかに大冒険の部類に入るキャスティングだろう。なにせそのままいつもながらの鶴瓶の関西弁で、動物たちの仔細な生態を解説するのだから。
映像の方は「よくぞここまで近づいた撮ったな」と感心しきりのものばかり。特に狼の群れの狩りのシーンの疾走感がすごい。パンフレットによれば、実際の野生の狼の群れの狩りを無音電動バギーで高速移動で追いかけ撮影しているとのこと。さらに機材に狼を慣れさせるために、野生の狼が生まれた時から撮影し続け、普段通りの行動をするようにならしていったという。技術も忍耐も桁外れの撮影で、それだけで畏敬の念を感じさせる。
そんな大変な労力で撮影された映像には、本物の迫力と神秘の大自然の美しさが宿っている。それにダミ声のナレーションが被せられる。ものすごいギャップである。映画鑑賞中終始、「このギャップは何を狙っているんだろう。声のギャップで映像がさらに美しく見えるのか?コントラストを狙った効果?」などと余計な自問自答を繰り返し続けたが、うん、どうなんだろう。少なくとも映像に集中できなかったのは確か。
ナレーションは基本的に映像の補足として使われるべきであり、「主」となる映像に対して「従」の立場でなければいけない。しかし鶴瓶の特徴的な声質はその「従」の立場を逸脱してしまっている。一言でいうと気になりすぎる。この以外な組み合わせがアンサンブルとなって、思いもよらない効果をもたらすことは、なかった。木村文乃が無難にこなしているだけに余計に鶴瓶の声は浮き上がった印象を与えている。
それでも映像の力が凄い
とはいえ、本作の映像はすばらしく、多種多様な動物たちの行動を美しく時に迫力を持って撮りあげている。なかなかおめにかかることのできないものを見せてくれることは間違いないので、贅沢な97分であることは間違いない。暗闇で自分の知らない世界を体験できる本作は、スクリーンの醍醐味を存分に味わえる。それだけにナレーションがもったいない。