[PR]

「劇場版 艦これ」は悲しく沈んだ船を忘れずにいようというコンセプトそのものだった

[PR]

テレビシリーズがイマイチ不発な印象だった「艦これ」。そのせいもあってか、ファンの劇場版に対する前評判は期待半分、不安半分といったところだったろう。

そもそもテレビシリーズは、シリアスに振るのか、ほのぼの日常でいくのか、制作側がどちらにするのか決めあぐねているうちに中途半端に終了してしまったような印象だった。登場キャラクターがとても多いので、各キャラに見せ場をつくりながら1クールに収めつつ、原作ゲームの世界観を全て見せようとしていずれも中途半端になっている感じだった。
加えて戦闘シーンのCGもいささかチープな印象だったし、前年には同じ戦艦モチーフの「蒼き鋼のアルペジオ」のアニメが高い評価を得ていたタイミングだったので、両作の戦闘シーンを比較してしまうとどうしても見劣りしてしまった。(それでもキャラは魅力的に描かれていたし、そこそこの水準の作品だったとは思うが)

「艦これ」テレビシリーズの評判はそれほど高評価というわけでもなかったのに、2期と劇場版の制作が発表されたときは驚きを持って迎えられたが、1期からどう軌道修正してくるのかが注目されていた。

今回の劇場版は、1期テレビシリーズでどっちつかずだった方向性を、完全にシリアス路線に振り切ってギャグや日常描写をほとんど捨てた。この決断にも賛否両論あるだろうが、どっちつかずで両方やっても賛否両論だったので、少なくとも制作陣が迷いなく、方向性を定めたおかげで作品としては、テレビシリーズより格段にしっかりした作りになっている。

「劇場版 艦これ」は、艦これ世界の根幹に関わる謎を描く作品になっている。ゲーム内イベントでもあった「アイアンボトムサウンド」が今回のストーリーのベースとなっていて、イベントもそうだったが戦闘シーンはほぼ夜戦。暗い映像の方がもしかしたら水上スキーによるCG戦闘描写が映えるかもしれないという判断かもしれない。戦闘シーンの迫力はテレビシリーズとくらべて段違いにアップしたし、流血含む血なまぐさい描写にも踏み込んだ。

全体的にテレビシリーズで、上手く行かなかった部分を軌道修正、伏線のままになっていたものを拾い上げて、良いところに落とし込んだのではないかと思う。2期へのつなぎもしなければならないし。

田中謙介氏「悲しく沈んでいった艦を忘れずにいたい」

それにしても「劇場版 艦これ」はシリアスに振ってきたわけだが、当然逆に日常ほのぼの路線に振る選択肢もあるにはあったろうと思う。なぜシリアス路線を取ったのだろうか。

艦これのプロデューサー兼ゲームディレクターであり、本映画でも原案となる田中謙介氏は、艦これの企画についてインタビューでこう語っている。

実は「艦これ」は,最初はほとんど自分の趣味の企画といってもいい存在だったんです。旧軍の要港があった街や,奮戦して壮烈に,あるいは誰も見ていないところで悲しく沈んでいった艦艇を何らかの形で紹介し,一瞬でもいいからみんなで共有できるようなものを作りたいというのが,そもそもの発端でした。
 だから,そういう哀しみの史実や喪失感,もしくは痛みといったものを感じさせるプロトコルとして,ロストというのは当然の選択だったんです。
「艦隊これくしょん -艦これ-」はいかにして生み出されたのか。その思想から今後のアップデートまで,角川ゲームスの田中謙介氏に語ってもらった – 4Gamer.net

生みの親である田中氏の企画意図には散っていった戦艦を悼む思いがあった。このコンセプトに映画も沿っていたのだと考えると、映画のシリアス路線も納得しやすい。むしろ正しく沿っていたと言える。今回明らかになった艦娘と深海棲艦の謎も、哀しみをキーワードにするととても理解しやすいものだと思う。反戦でも賛美でもなく「哀しみ」なのが良い。今回の映画ではっきりと打ち出したのはシリアス路線だけではなく、イデオロギーから明確に距離を置くという姿勢もあった。

この世界の片隅に」は、反戦メッセージを打ち出していないことが評価された一因だという意見がある。(http://togetter.com/li/1048335
反戦思想がなければ良い映画になるわけではないけど、原作のこうの史代氏も、子ども時代原爆や戦争に対する押し付けがましいメッセージを散々聞かされ、そうした話が嫌いになったとインタビューで語っていたこともある。イデオロギーに染まった言説よりも、喜びも哀しみも含めたありのままの生活を再現し、そこから何を受け止めるかは観客に委ねる姿勢が素晴らしい作品だった。

「艦これ」それと同じことだと思う。あの時代の生活を忘れないようにしよう。あの時代の散っていった船と乗組員を忘れないようにしよう。描く手法は全く異なるのだけど。
 

「劇場版 艦これ」にあるのは「哀しみ」と、それでも前向きに生きる勇気だった。
見終わった後、唐突に正岡子規のこの歌を思い出した。
「もののふの 河豚に喰はるる 哀しさよ」

キネマ旬報増刊号 「劇場版 艦これ」
キネマ旬報社 (2016-11-21)