2016年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した「わたしは、ダニエル・ブレイク」が3月18日より、いよいよ日本でも公開される。監督はイギリスの名匠、ケン・ローチ。ワーキングクラスの悲哀を一貫して描き続けた骨太の作家は一度は引退宣言をしたのだが、再びメガホンを取り作り上げたのが本作だ。
昨年はケン・ローチの監督デビューから50という節目の年でもあった。ローチの作品を紐解くと、驚くほどに一貫した姿勢で映画を作り続けていることがわかる。節目の作品であっても、ローチはいつもと変わらぬスタンスで作品を作り続けている。彼が見つめるのは市井の人々の悲喜こもごもの日常だ。行政の矛盾したシステムに苦しめられ、隣人は助け合い、時に怒り、悲しみ、笑う姿を淡々と、愛情を込めて見つめている。
そんなケン・ローチ監督にインタビューする機会を得た。本作の魅力と映画作りの姿勢と現在のイギリス社会について聞いた。
実際にあったエピソードを映画にたくさん採用している
--こんにちは。よろしくお願いします。本当に素晴らしい映画でした。あなたの作品を見ると、いつも登場人物たちと友だちになりたくなるんですよ。(笑)
ケン・ローチ監督(以下ローチ):それは褒め言葉だね。とても嬉しいよ。
--映画の中で人間を描くために、いつも気をつけてることはなんでしょうか。
ローチ:大切なのはスクリーンの中のキャラクターが真実であること。人間は誰でもいろんな側面を持っているので、それを意識すること。ユーモアもあれば、哀しみも抱えているだろうし、ステレオタイプに決してしないことです。その辺の通りを歩いているような、そういう人物にすることを心がけます。
そしてこれもすごく大切なんですけど、キャスティングの時に模索するのは、観客を引き込むような、ずっと見ていたいと思わせる何かを持っているかどうかですね。
--今回の主役のデイブ・ジョーンズは、どんなところが気に入ったんでしょうか。
ローチ:彼はニューキャッスル出身で、ワーキングクラス出身でもあり、最初に就いた仕事がビルの清掃の仕事だったんです。スタンダップコメディアンなのでユーモアもありますし、最初にテストの時から、本物らしさを持っていたし、僕らを笑わせてくれました。彼ならいけると我々は信じることができたのです。
--今回の映画のストーリーについてお聞きします。愛すべきキャラクターたちが、行政の矛盾したシステムに苦しめられるのを見るのはつらいものがありますが、今回の映画でも助け合う隣人も描かれています。ダニエルの隣に住んでいる、チャイナと呼ばれている若い隣人は、ダニエルとは世代も人種も違う黒人でしたね。
ローチ:実はあれは意図して黒人にしたわけではありません。たまたまあの役のオーディションで一番良かったのが彼だったのです。全てのキャスティングに言えることですが、我々はキャスティングに関しては、肌の色は全く関係なかったんです。
そして、今のイギリスは多民族の共生する国ですから、これは事実でもあります。それも良い事実です。肌の色などは関係なく、人はみんな同じなんだとわかるようになったのですから
--今の質問に関連しますが、あなたの映画には必ずサッカーの話題で盛り上がるシーンが出てきますよね。それが今回は、黒人のチャイナと中国にいる友人とスカイプでやり取りするシーンとして描かれました。今までの映画なら、パブで酒を飲みながら描かれるようなシーンでしたけど。
ローチ:ユーモラスなシーンでもあるし、若い世代がいかに発想力があるかということも描けると思いました。彼はインターネットを通じて中国に友人を作り、工場の靴を横流ししてもらってお金を稼いでいて、まあそれ自体は良くないことですが、彼にはそれだけの発想とエネルギーが備わっていうことです。もっと違う形でお金を稼げるのに、という皮肉も込められています。これも実際にあったエピソードなんですがね。
--あなたの作品には数多くの実際にあった出来事が採用されているのですね。
ローチ:そうです。この映画の中で起きた出来事は、ほとんど全て現実でも起きたと言えます。例えばフードバンクのシーンはグラスゴーのフードバンクで実際にあった出来事ですし、それから貧しい女性の売春の話も、実際に聞いた話でもあります。ダニエルを巡ってジョブセンターで起きていることも全部本当にあったことです。
例えば、国の健康査定で仕事ができる言われ、その後病気で亡くなってしまうというようなことも起こっています。心臓が悪く、それから心の病も持っていた人なんですが、医者には仕事を止められているのに、国からは働けと言われて職安に行ったらしいんですが、職安を出た直後に亡くなったそうです。プレッシャーが大きすぎたのが原因らしいのですが、こうした話は数多くあって何度も何度も繰り返されているんです。
映画は政治的ムーブメントではない
--徹底したリサーチがあるからこそ、リアリティのある作品になっているのだと思いますが、それこそ50年前の「キャシー・カム・ホーム」の頃から、それは一貫している姿勢だと思うのですが、50年間イギリスの社会を見つめ続けてきて、社会はどのように変化してきたでしょうか。
ローチ:私が作品を作り始めたころは、公的なベネフィットのために一緒に力をあわせていこうという意識が高く、サッチャー政権になってそれが大企業の利益のためにシフトしてしまいました。つまり、みんなのためにという考えから、私欲に意識が向くようになりました。今は企業家が讃えられるようになり、みんなのベネフィットのために働く人達が尊敬されにくくなってしまいました。
雇用に関しても、かつては皆安定した雇用があり、自分と家族を養っていくだけの安定した収入もありましたが、派遣やバイトのような形で安定しない形で仕事をさせられるケースが多いです。会社が必要としなければ、前触れなく雇用を切られてしまうこともあります。
それから公益サービスに関しても、どんどん減少してきていて、そのかわり民間の会社が厚生、健康のサービスを提供するようになりました。この50年の間に、医学やテクノロジーなどの面では良くなった面は確実にありますが、社会全体では芳しいとは言えません。
--そういった社会に対して、映画は社会を良くしていくことができると考えていらっしゃいますか。
ローチ:映画というのは、たくさんの声があるなかでの、ひとつの小さな声にすぎず、決して政治的なムーブメントではありませんし、そうしたくもありません。新聞や、テレビなどに比べれば、一本の映画は小さな声に過ぎません。映画にできることは、社会に良い変化をもたらすことができる人々を応援することくらいではないでしょうか。
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蛇足だが、インタビュー終了後の通訳さんとのやり取りが監督の人柄がよく出ていたので、ここに記しておく。物言いが彼の映画の登場人物そのもので、なんだかとても面白かった。
ローチ:(通訳に対して)働きすぎじゃない?どれくらい休憩いる?
通訳:あなたが必要なだけ。私は大丈夫ですよ。
ローチ:本当に?5分で構わないかい?通訳労働組合はOKしてるのかい?
通訳:通訳の組合はないんですよ。(笑)
ローチ:なんだって!? そりゃとんでもないことだね!(笑)
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