ポーランド映画「君はひとりじゃない」が公開される。母を失い、精神を病んだ娘と心を閉ざした父、そして一風変わった治療を行う孤独なセラピストの交流をブラックなユーモアで包んだ作品だ。原題は「BODY」とあるが、摂食障害を持つ娘、刑事の父は死体を常日頃から見ていて、感覚が鈍ってしまっている。セラピストのアンナは、霊的な存在を信じており、三者三様の肉体との関わりを描いている。
監督のマウゴシュカ・シュモフスカ監督に作品の意図を聞いた。
悲劇的な問題をブラックユーモアで描く
——とてもユニークな映画ですね。登場人物の抱える問題は悲劇的ですが、作品全体はコミカルです。こうしたアプローチを採ったのはなぜですか。
マウゴシュカ・シュモフスカ(以下シュモフスカ):国外ではあまり知られていないと思うのですが、ポーランド人の国民性ですね。ブラックユーモアやアイロニーのようなものを好む傾向があるんです。私自身も例えば、葬式などのタブー視されるようなネタにジョークを交えるのが好きなんです。
でもベルリンでプレミア上映をしたんですが、ベルリンの観客は爆笑してくれましたが、ポーランドの観客はさほど笑わなかったんです。ポーランド文化について、深い部分を突いた作品なので、ポーランド人にはかえって笑えないものに見えたのかもしれません。
——本作のタイトルは「BODY」とありますので、肉体についての映画でもあるかと思います。
シュモフスカ:娘のオルガは肉体的なトラブルを抱えています。それは精神的なものに由来しているものですが。一方で父のヤヌシュは、警官なので死体を日常的に目撃していて、死体を見慣れているので、唯物的な視点になってしまっているんです。セラピストのアンナは、肉体に対して2人とはまた違う考えを持っていて、彼女は肉体としては女ですが、女としての自分の魅力を全否定していて精神の世界に生きるようになってしまっています。
——「BODY」という唯物的なタイトルとは裏腹に、この映画では「目に見えないなにか」が重要な役割を果たしています。言い換えると霊的な存在でしょうか。監督はそうしたものを信じておられるのでしょうか。
シュモフスカ:正直スピリチュアルなものはあまり信じていないのですが(笑)、私はプラグマティストなんです。一方で、親しい人が亡くなった時などは、魂のような存在がいつも一緒にいるんだと考えたりもします。
——プラグマティックな感覚は、ポーランド人にとっては一般的なものなんですか。
シュモフスカ:ポーランド人はプラグマティストではなく、むしろ反対で、これは残念なことですけど、やたらセンチメンタルだったり、歴史に苦悩したりすることを礼賛する国民性なんです。なので、ポーランド人はなかなかハッピーになれないんです。(笑)
——目に見えないものを映像で描くのは難しいことだと思いますが、演出面で気をつけた点はありますか。
シュモフスカ:撮影監督のミハウ・エングレルトと私はよく一緒に仕事をするんですが、彼は撮影監督としては珍しく脚本も手がけるんです。今回も脚本にも参加してもらっているんですが、彼と一緒にこの映画の世界観を構築していきました。1年がかりで脚本を作り、議論を重ねていったので、その長いプロセスを一言で表すのは非常に難しいのですが、彼と私でそれを成し遂げました。
ミハウとは長年一緒に仕事をしてきているので、あれこれ指示せずとも、私の意図を汲んでくれます。現場では私は役者の芝居をじっと見て、あれこれ口を出さないようにしています。
——ヤヌシュ役のヤヌシュ・ガヨスはポーランドを代表する名優ですが、彼との仕事はいかがでしたか。
シュモフスカ:ポーランドの伝説級の俳優ですし、舞台を中心に活躍している人ですから、映画に出演するとなると、作品選びはすごく厳しい人なんです。なので、オファーを受けてくれるか不安でしたが、私が若手の女性監督であるにもかかわらず、前向きにのぞんでくれました。ただ、撮影の最初の1週間くらいは呼吸がなかなか合わなくて、お互いに混乱があって難しい面もありましたが、徐々にペースを掴んでいけました。それでもケンカは続いて。(笑)
名優だからと遠慮せずにタフな態度で臨んだのですけど、最終的にはそういう曲げない姿勢を評価してくれたのか、信頼関係は強く築けました。彼もこの映画で多くの賞を受賞しましたしね。