3月30日(金)より『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』が公開される。
第二次世界大戦初期、フランスがナチスによって陥落寸前まで追い詰められている最中、隣国のイギリスも危機意識が高まっていた。就任したばかりのイギリス首相、チャーチルはいかにナチスの脅威と対峙し、国をまとめ上げていったかを描いている。
昨年公開されたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』の題材となったダンケルクの撤退戦も本作で重要なエピソードとして描かれており、チャーチルの果たした役割の光と闇の部分にもスポットを当てている。監督は『プライドと偏見』のジョー・ライト、主人公チャーチルを名優ゲイリー・オールドマンが演じている。
本作が日本で注目されるきっかけとなったのは、特殊メイク担当の日本人アーティスト、辻一弘氏の存在が大きい。辻氏の作り上げたチャーチルのメイクの精巧さは本作の質を大きく引き上げたと言えるだろう。その証明として辻氏は見事オスカーを獲得した。
今回、1月に来日された折に辻氏にインタビューさせていただいた。
映画を観た時、メイクのことを忘れて没頭できた
――久しぶりの映画の仕事で、見事オスカーにもノミネートされました。
辻一弘(以下辻):そうですね、仕事を受けて良かったと思います。今までの映画の仕事は、メイクを気にしながら鑑賞していましたけど、今回は最初こそメイクを気にして観てたんですけどすぐに映画に惹き込まれていったんです。撮影技術も素晴らしいし、ゲイリーさんの演技力もすごい。非常に美しい映画だったので、メイクのことは忘れてすごく感動しました。
あとメイクアップアーティストの仲間や、映画関係者の方に、メイクのレベルを上げて新しいスタンダードを作ったとも言ってもらえたし、この映画を観て自分もメイクしたいと思う役者さんが増えたのも嬉しかったですね。
――ジョー・ライト監督も、演者の表現に対してすごいセンシティブだと称賛しています。
辻:僕の仕事が役者の足かせになってはいけないですから。それにメイク自体がわざとらしかったりすると、お客さんがストーリーに入り込めないですから。そこは一番大事なので、できるだけ存在が知られないように工夫して意識されない状態にしていくのが僕の仕事なので。
――今作ではチャーチルを作るにあたって一切CGなどは使っていないんですよね。
辻:使っていません。最初から、あとから修正がきかない予算だというのはわかっていました。あと最初にジョー監督とミーティングした時にクロースアップが多いという話しも聞いていました。(笑) ですので、それに耐えられるメイクをデザインしなければというのがありました。
――CGに負けない自信がありますか。
辻:そうですね。やっぱり人の手が入ったものっていいですよ。コンピューターもすごいですよ、利用方法はいっぱいあるし、表現の道具として素晴らしいですが、実際の人の顔の上に作っていくと、役者さんもキャラクターに入る時の気持ちも違ってきますから。
映画界を去った理由
――今回、ゲイリー・オールドマンからの熱心なオファーでお仕事を引き受けたそうですが、実際に彼から声をかけられたときどんな風にお感じになりましたか。
辻:そうですね。2012年に映画業界を辞めて、アート方面に進んでいたのですが、もしこの映画の仕事を受けてしまうと、自分の決めた人生を裏切ることになってしまうと思ったんです。
映画の仕事で、いろんな役者さんと仕事しましたが、中に周囲の扱いが悪い人もいるんです。なんでこんな人たちのために一生懸命やってるんだろうって気持ちになりました。
あとは、映画の仕事というのはやっぱり、監督、プロデューサー、役者さん等がいていろいろ注文が入ってくるわけです。最初にやりたいと思って決めたものにどんどん他の意見が入ってきて、薄まって削られて、最終的には「ああ、この程度か」というものになってしまったりとか。なので、これは人生変えないと上手くいかない、あとで後悔すると思ったんです。
人生ってこうだと方向を決めると、なにかとつながっていくもので、映画を辞めてすぐに、ブラッド・ピットさんから彫刻や家具のデザインの仕事を手伝ってくれと言われたりとか、本気で決心すれば風が吹くんだなと思いました。
で、そんな中でまた映画のオファーをいただきました。
僕が特殊メイクの仕事をやりたいと思ったきっかけは、ディック・スミスさんがハル・ホルブルックという役者に施したリンカーンのメイクだったんです。でもクリーチャーやエイリアン、ホラーものがほとんどで、実在の人物を再現するような仕事がやりたかったんですけど、なかなかそういう機会がなかったんです。
今回ゲイリー・オールドマンという素晴らしい役者と一緒にそれでができるし、映画の内容も、監督も素晴らしいし、ゲイリーさんも僕が受けなければこの映画を作らないとも言うので、今回の仕事を受けたんです。
人生が宿るファインアートを作りたい
――ファインアートに転向後も、ダリやウォーホルなど、実在の人物を題材に取られていますね。
辻:僕がポートレートを作る理由は、子どもの時人見知りで会話も上手くできないから、人が何を考えているか見た目から観察する時期があったんです。
それが特殊メイクにもつながっていったと思うんですけど、いろんな障害を克服して人生切り開いて素晴らしい方たちの人生の行程を、内面からポートレートとして作りたいんです。
――ああいったファインアートを作る時に、どういう表情を切り取ろうとお考えになるんですか。
辻:いつも決める時は、一枚の写真の表情じゃなくて、いろんな表情を混ぜるんです。
例えば観る角度が違えば違った表情に見えるとか。観る高さによっても表情って違ってくるんです。
サイズ的に等身大から2倍くらいの大きさなんですけど、子どもが大人を見るような感覚になるんです。素晴らしいことを成した人たちなんで、尊敬の距離感というか、それを感じられるようにしています。
それと、普段そういう人たちを近くでじっくり見ることはないと思うんで、見る人に繋がりを感じられるようにということを心がけてます。例えば、ディック・スミスさんの肖像も、あの人を知っている人だったら、いろんな思い出が蘇ってきたりとか。
ただ一瞬を固めて作るんじゃなくて、その人の動く前の不安定さというか、ここからなにか次の表情が始まるんじゃないかみたいなことを取り入れて彫刻を作っています。
――今後の創作面で挑戦した目標などはありますか。
辻:数年後には日本で個展を開きたいのでそのために計画をしてます。
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