突然だが、あなたは段ボールのデザインを気に留めたことがあるだろうか。
12月7日から公開されるドキュメンタリー映画『旅するダンボール』は、段ボールの魅力に迫る作品だ。
そんなものの魅力に迫ってどうするんだと思われる方もいるかもしれない、正直筆者も鑑賞前はそう思っていた。しかし、これがなかなかどうして味わい深い。今まで物の整理や引っ越しのために保管しておくぐらいだった段ボールがこんな面白いものだなんて思ってもみなかった。
とりあえず予告を観てほしい。島津氏の可愛さが伝わる良い予告だ。
映画は、段ボールアーティスト島津冬樹氏の活動を追いかけている。島津氏は、段ボールが好きすぎて、電通を退職し段ボールで生きていくことを決意。世界中の段ボールを集めるためにこれまで30ヶ国を旅している。彼は、集めた段ボールで財布やカード入れなどを制作し、ただの無骨な入れ物に過ぎなかった段ボールの新しい利用方法を生み出している。
その偏愛ぶりは、気に入った段ボールがあれば、そのルーツを探るためにデザイナーを探し出すほど。映画は、徳之島産のジャガイモの段ボールを気に入った島津氏が、どこからその段ボールがやってきてどんな経緯で生まれたのかを辿っていく旅を中心にとらえている。ただの段ボールにも運ばれていく過程で、たくさんの人の手に渡り、そこには仕事があり物語がある。ニッチなポイントから普遍的な物語は生まれる瞬間がこの映画には映されている。
今回は、その島津冬樹氏にインタビューして段ボールの魅力についてじっくり話を聞いた。
財布が壊れていたのでふと段ボールで作ってみた
――映画では段ボールに興味を持つきっかけは大学時代だったと描かれています。その以前はさほど興味がなかったんですか。
島津:そうですね。建築模型を作る課題があって、段ボールを素材にしようと思って集めたんですけど、オシャレなものが多くもったいなと思って取っておいたんです。それで何かできないかなと思っていたところ、財布が壊れていたので段ボールで財布を作って見ようと思ったのが始まりです。間に合わせで少しの間使えればいいかなと思っていたんですが、気がついたら1年弱くらい使ってました。
――そんなに長持ちするんですね。
島津:自分でも驚きでしたね。一番初期のものは、財布口を止めるところがマジックテープだったんですけど、それだとだんだんテープが剥がれて来ちゃうし、厚みも結構あったんです。9年この活動を続けるなかで試行錯誤して、今はより耐久性のある財布が作れるようになりました。
――財布やカード入れなどの小物の他には、どんなものを作っているんですか。
島津:クラッチバッグがあります。あと最近クッションを作りましたね。
――これですね。結構固いですよね。
島津:でも固いから悪いというわけではなくて、クッションは固くてもいいんだという気持ちにさせられるクッションなんです。(笑) 固いクッションが好きな人もいるかもしれないと思って。使ってみるとこの固さもありかなみたいな気分になりますよ。これは中身も全部段ボールが入っています。
――実際にご家庭で使っているんですか。
島津:使ってますよ。ソファに置くと案外オシャレなんです。
――ご家族にも好評ですか。
島津:これはこれでいいかっていう感じですね。(笑) 普通のクッションと組み合わせ使えばいけるかという感じで。
段ボールは国を写す鏡?
――世界を周って段ボールを集めておられる島津さんから見て、段ボールにもお国柄は出るものですか。
島津:結構ありますね。言語はもちろん大きい要素ですし、ヨーロッパで顕著なんですが、国旗の配色を段ボールに用いているものが多いですね。例えばスペインなら赤と黄色を使った段ボールが多かったですし、ギリシャなら青と白といった具合に。ヨーロッパは地続きでいろんな国があるので、多くの国の製品が行き交うでしょうから、ひと目でどこの国のものかわかりやすいようにしているんじゃないかと思います。
それから、農業大国は段ボールの質も高いし、デザインも凝ってます。オーストラリアとか南アフリカの段ボールは色使いがすごく激しかったですね。農業大国は競争もそれだけ激しいので、段ボールにもこだわっているのだと思います。日本では、みかんなんかはそういうところがありますね。日本のみかんは産地ごとに特徴的なデザインの段ボールが作られていて、差別化をはかっているんです。
――農業大国では、色使いも凄ければデザインの種類もそれだけ豊富なわけですか。
島津:そうですね。日本の段ボールはベージュをベースにした地味な色が多くて、色もそんなに使ってないですよね。日本には水墨画などの伝統があるので、余白を大事にしているんじゃないかと思います。
――なるほど、段ボールに国の美術の歴史も反映されているんじゃないかと。
島津:そうです。油絵のさかんな国ではたくさん色を使うことに慣れてるんだと思うんです。
あとは、その国の経済や政治の事情も見えてきます。例えば、ブルネイではギリシャ産やトルコ産のものが多くて、農産物を周辺国に頼っている状況が見えてきます。イスラエルは中東諸国と国交がありませんから、周辺国のものはなくイスラエル製の段ボールばかり見かけます。イスラエルで見つけたヘブライ語のコカ・コーラの段ボールが僕のお気に入りなんですけど、やはりアメリカとの関係が強いのかアメリカの飲料の段ボールがすごく多かったですね。
――すごいですね。段ボールだけで美術の歴史から周辺国との政治状況まで見えてくるんですね! 段ボールって奥が深いですね。
島津:そうなんです。全体的に飲食文化と段ボールは関係深いと思います。そういう意味では、実は日本では世界中の段ボールが手に入りますよ。
――日本は食料自給率が低い国なので、海外の段ボールが多く入ってきているということですね。
島津:ええ、逆に日本の段ボールを海外で見かけることは少ないですね。
――輸入に比べて、日本の農業は輸出が弱いということでしょうね。確かにそれは日本の農業の課題に挙げられていることの一つですね。
段ボールのデザインはとても自由
――島津さんの活動がアップサイクルにもつながるものとして映画では描かれています。島津さんご自身はそういうものに以前から興味があったんですか。
島津:僕はこの映画を通じて初めてそういう概念を知ったんです。それまで僕は純粋に段ボールが好きでやっていただけです。
――そういう社会的な活動抜きにしても面白いメッセージを島津さんは発していると思います。こんな生き方があるんだというか、人とは異なる道を極めるとそれだけで絵になるものが生まれるんだと思いましたね。
島津:ニッチなものを掘り続けると、意外と奥が深いですよね。
――映画は徳之島のジャガイモの段ボールのルーツを探す旅がメインになっています。あのデザインのどこを気に入られたのですか。
島津:段ボールのデザインっていろいろありますけど、明らかに手作りで作ったようなものがあるんですよ。以前TOYOTAのウェブの企画で、愛媛のみかんの段ボールのルーツを探る旅をやったんですが、その段ボールをデザインした人はデザイナーじゃなくて農家の方だったんです。それまでデザインなんてやったこともない方が作ったもので、そのデザインの背景にある人の物語が面白いんですよね。
アートディレクターをやっている僕の立場から見ると、デザインってこうでないといけないみたいな制約やセオリーがたくさんありますけど、そういう方の作られた段ボールのデザインってすごく自由度が高いんです。なんでこの配色なんだろうとかすごく不思議で、それは日本だけじゃなく、世界中にそういうものがあるんです。
――なるほど。デザインの素人が作ったものだからこそ、既存のトレンドやセオリーに縛られないものが生まれているんですね。
島津:そうですね。普通、段ボールよりも中身が重要なわけですから、段ボールって自由度がすごく高いんですよね。それに誰がデザインしてもいいというところがあるのが面白いですね。
映画は、島津氏の活動がリサイクルやリユースではなく、元の製品よりも価値の高いものを生み出す「アップサイクル」につながると描いている。そうした環境に関心を寄せる面が映画にはあるが、あくまで本人は段ボールが好きだという一念で活動しているところが面白い。
なにかに夢中になっている人はそれだけで素敵に見える。どんなニッチでも極めれば何かが見えてくる。人生の可能性は、本当に多様なんだなと改めて思わせてくれる作品だった。
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