アニメーション作品ベスト10はリアルサウンド映画部で選びましたが、それ以外の作品についても振り返っておこうと思い、日本映画、外国映画、ドキュメンタリーの3つに分けて2020年、印象に残った作品を10本ずつ選んでおきます。
順位はつけずにそれぞれ10作品ずつ紹介しようと思います。
日本映画
・海辺の映画館―キネマの玉手箱
大林宣彦監督は、晩年が最盛期だったんじゃないでしょうか。とんでもない映画でした。他の何にも似ていない唯一無二の作品を作る方でした。後年、今よりももっと高い評価を受けることになる方だと思います。
・ワンダーウォール劇場版
渡辺あやさん脚本の素晴らしき青春映画でした。本気で突き詰めて考えると何と戦えばいいのかわからなくなる複雑な時代の若者たちの対立と葛藤を見事に描き出しています。
渡辺あやさんにインタビューもしました。素晴らしいインタビューになりましたのでご一読を
・スパイの妻
8K映像を2KのDCPにダウンコンバートするのが難しかったようで、顔が潰れてるとことかあったりしましたけど、映画は大変素晴らしかったです。人が何かに突き動かされるとはどういうことか、ということを大変に深く見せてくれました。その人の変化の入り口に映像があるというのも面白かった。世界を知ること、それによって覚醒すること、映画が世界の入り口であること。黒沢清監督はすごいですね。
・本気のしるし<劇場版>
テレビ版も見ていましたが、4時間通して見るとまた全然違いました。なぜか疲れることなく見れてしまうのは、深田監督の演出力の成せる業ですね。もう日本を代表する監督になってしまいました。
・アルプススタンドのはしの方
城定秀夫監督の映画がヒットしてちょっとうれしいです。『悦楽交差点』とか『味見したい人妻たち』とか好きなんですよね。元々高いセンスを持っていた方ですし。一度も画面に登場しないのに矢野がカッコよすぎますね。
・ロマンスドール
ダッチワイフ職人とその妻を高橋一生と蒼井優が演じています。この二人は『スパイの妻』でも夫婦役を演じていて、嘘と真に揺れる夫婦をやっているわけですが、こちらはダッチワイフという作り物と通して本物の性愛感情に至るか、ということを表現していました。タナダユキ監督は、非常に面白いところを突いてきたなと思います。
・朝が来る
近年の河瀨直美監督の作品の中では一番良かったと思います。構成がうまかったですね。共同脚本に高橋泉さんが入っておりますが、どの程度書かれているのか気になります。
・アイヌモシリ
今、アイヌコタンに生きる人々を描いた貴重な作品です。出演者もそこに暮らす方々です。顧みられなかった文化と民族に再びスポットをあてる動きが映画業界にも出てきたことは大変良いことだと思います。現代の価値観との伝統文化の衝突をきっちり描いているのも素晴らしいです。多様性とは綺麗事ではなく、衝突なのです。
・滑走路
非正規雇用、自殺、追い詰められる官僚、いじめなど社会の様々な問題はどこかで繋がっているのだということを寓意的に描いた作品。32歳で命を絶った萩原慎一郎さんの詩から着想を得た作品で、今年現代社会を最も鋭く見つめた1本だと思います。浅香航大が大変素晴らしい演技をしていました。
・サヨナラまでの30分
手紙とかカセットテープのような古いメディアと記憶を絡めた物語が近年目立つようになってきた気がしています。今村圭佑さんのカメラはいいなあ、こういうタイプの作品で一番ハマる気がします。
外国映画
・異端の鳥
これはとんでもない傑作でした。人間とはどこまでひどくなれるのか、ひどくなれるとしたら、それはいかなる条件なのか。人間は結局のところ獣であるので、生きるためにはどこまでの残忍になれるのだと突きつける傑作です。一級品の芸術映画でした。
・燃ゆる女の肖像
こちらも大変に芸術点が高い作品というか、全カット絵画でした。オペラの天井桟敷で声を殺して涙を流す彼女の横顔に、声を出せなかった女性たちの苦しさの歴史が集約されていました。
・ソン・ランの響き
こちらはベトナム映画です。曖昧なものを曖昧なまま固定するその姿勢が素晴らしいです。アジアの感性ってこういうものだよねって感じの作品で、すごく好きです。
・ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ
中国映画の新星、ビー・ガン監督の日本初公開作品です。後半90分ワンカットでその90分だけ3Dになるのですが、こんな3Dの使い方があるのかと驚きました。映画は観客にこう動けと指示できません。しかし、唯一の例外が3Dメガネです。ここから3Dになるぞと映画の始めに指示しておき、観客にメガネをかけるという動作をさせる、これが演出として非常に効いているのです。映画の登場人物と同じ行動を観客に取らせてるんです。そして、そこからめくるめく幻想の世界が始まるという。
ワンカットの3Dなので、どこか白昼夢のような世界を90分間観客は主人公とともにさまようことになります。
・パピチャ 未来へのランウェイ
この映画でのハイクというアルジェリア女性が身につける伝統服の使い方がすごく興味深かったです。ハイクは植民地からの独立時には銃を隠すものとして活躍し、圧政の時代には狂信的なテロリストに利用される。主人公はさらに改良してハイクのドレスを作って、女性の自由を謳ってみせる。こういう運動を自由への運動と呼ぶのだと思います。
監督インタビューもありますので、ぜひ読んでください。
・淪落の人
アンソニー・ウォンは今年、香港から台湾に移住しました。かねてから一国二制度を骨抜きにしようとする中国政府に対して批判的な言動をしていたアンソニー・ウォンは、ついに今年香港にはいられないと考え、移住を決意したようです。政府批判で長いあいだ干された彼が復帰作として選んだのがこの小さな作品です。フィリピン人家政婦と車椅子の頑固な中年との心温まる物語です。
アンソニーさんにもインタビューしました。超かっこよかったです。
・在りし日の歌
急速に発展していく中国経済。ものすごいスピードで変化してゆく中で、何が失われてゆくのかに思いを馳せる中国映画が増えている気がします。アニメ映画『羅小黒戦記(ろしゃおへいせんき)』もそういう内容でしたね。
本作は80年代から2010年代を生き抜いた一組の夫婦の歩みを見つめ、現代中国を振り返る内容です。それでも時はながれゆく、みたいな感慨を受ける素晴らしい人間ドラマでした。
・マルモイ ことばあつめ
今年、辞書作りの映画が2本もありました。『博士と狂人』ともう一本がこれです。日本占領統治時代の韓国、韓国語を忘れてしまう子供たちが出てきている中、文化と言葉を守るため、辞書作りを通して戦った人々の熱い物語です。コロナで様々な文化が危機に陥りましたが、文化を守ることの大切さを見事に描いた作品です。今年見れてよかったと思った作品です。
オン・ザ・ロック
ソフィア・コッポラ監督の最高傑作じゃないでしょうか。ビル・マーレイの使い方が上手すぎる。時計の使い方も上手いし、飄々とすごい映画を作ってますね。
・薬の神じゃない!
法は時に人を守らず、不法が人を守ることがあります。これはそういう物語でした。中国で実際にあった出来事をもとに映画にしたようですが、駄目な人間は法を守り人を守らないものです。一番大事なものはなんなのか、本当に正しく生きるとはどういうことか、という問を突きつけてくる見事な映画でした。
ドキュメンタリー映画
・セノーテ
今年最も感銘を受けた作品はこれでした。人間の視点ではなかったです。時間も人間も超えて、どこか異次元に接続されるような体験をしてしまったような気になりました。
監督インタビューもありますので、こちらはぜひ読んでください。
・娘は戦場で生まれた
これもとてつもない作品でした。人の生命の力強さが起こした奇跡のような瞬間が映されています。シリアは悲劇の地であり、それは間違いない事実ですが、そんな場所にも豊かな命が生まれくるのだとこの映画は教えてくれます。戦争当事者による戦時の生活の記録という点で、『アンネの日記』に並ぶほどの価値ある作品だと思います。
レビューを書きましたので、詳しくはそちらを読んでください。
・私たちの青春、台湾
民主主義の根源的な難しさにこれほど深く向き合った作品は、なかなかお目にかかれないのではないかと思います。台湾の若者たちによる民主運動の数年間を捉えた作品ですが、挫折、それも自ら批判していたことをしてしまう、ミイラ取りがミイラになったように挫折していくさまを捉えています。民主主義の抱える矛盾と真摯に向き合う素晴らしい作品でした。
監督インタビューもしていますので、詳しく知りたい方はそちらを読んでください。
・ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間
ジェンダーについての作品で近年最も素晴らしい作品の一本だと思います。多様な性のあり方の本質をここまで見事に描ききった作品はそうそうないと思うんです。僕自身、すごく勉強になった作品です。
監督と主人公の方にインタビューしています。大変勉強になる内容です。
・ホドロフスキーのサイコマジック
サイコマジックはホドロフスキーの提案している心理療法ですが、そのサイコマジックで実際に人々の心を救っていく瞬間を捉えたドキュメンタリーです。なんかすごい世界ですが、世界とはこんなに広くて複雑で底知れない深さがあるのですよね。
こちらはレビューも書いております。
・はりぼて
今年は政治を題材にしたドキュメンタリー映画の秀作が目立ちましたが、本作はその中で最も今の日本を捉えた作品ではなかったでしょうか。はりぼてなんですよね、日本の政治は。カラスの隠喩が素晴らしいですね。
こちらもレビューを書きました。
映画で描かれた富山市議のドミノ辞職について、チューリップテレビ取材班が記した書籍が出ていますので映画を見れなかった人はこちらを読むといいかもしれません。
・行き止まりの世界に生まれて
アメリカって本当にLAやNYだけを見ていても語れないんです。こういう映画を見て今アメリカはどうなっているのかを知ってほしいと思います。
ビン・リュー監督にインタビューしています。
・友達やめた。
耳の聞こえない映画監督とアスペルガー症候群の友人との日常を追いかけた作品。耳が聞こえない今村監督は、身体的にマイノリティだけど、心の問題になったらマジョリティになる、ということを友人を見ていて思います。もしかしたら、どんな基準でもマジョリティに属せる人間なんていないのではないか、誰もが見方を変えればマイノリティならば、その見方を広げれば付き合っていけるようになるのでは。そうは言ってもいろいろ難しいことがたくさんあるわけですね。この映画はその難しさを真摯に見つめる作品でした。
・プリズン・サークル
官民協働の刑務所、島根あさひ社会復帰促進センターに中を撮影した貴重なドキュメンタリー作品です。受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを日本で唯一導入している刑務所なのですが、犯罪に至った理由に深く寄り添い、刑罰よりも感情の回復に重きを置いているのです。受刑者はプライバシーに配慮してモザイクをかけられています。しかし、そのモザイクすら最後には見事な効果を発揮していることに驚きます。若見ありささんのアニメーションも、非常に効果的に用いられており、ドキュメンタリーにおけるアニメーションの活用法として好例だと思います。
・香港画
28分の短編ドキュメンタリーですが、香港でもの様々な側面と見せてくれる優秀な作品です。デモに参加する、というよりそれ以外の選択肢がなくなってしまった若者たちの姿がやるせないです。親中派と民主派に分断された香港社会では、親中派の店はデモ隊によって破壊されることもあります。元警官の人は、かつて市民に慕われていたはずの香港警察がなぜこんなことになってしまったのかと嘆き、政治問題の解決を現場の警官に押し付けた政府を批判します。日本も全く他人事ではないのだと強く印象づける秀逸な作品でした。
こちらの作品も監督インタビューを行いました。ぜひご一読ください。
2020年は大変な年でしたが、2021年はもっと映画業界にとって大変な年になる予感がしています。そんな年にどんな作品が出てくるのでしょうか。