※以前、あるウェブメディアに書いた原稿ですが、そのメディアがなくなってしまったので、こちらに掲載します。初掲載日は、2022年10月21日。
子どもの頃、虹のふもとがどうなっているのか気になって、駆け出したくなったことがある人って多いんじゃないでしょうか。
10月21日(金)から全国の映画館で公開されるアニメーション映画『ぼくらのよあけ』は、そんな気持ちを取り戻させてくれる作品です。
団地というノスタルジーにあふれた空間を舞台に、ハイパーテクノロジーを持った宇宙船や未来のAIロボットなど、様々なSFギミックをちりばめながら少年少女たちの友情と夢を描く珠玉の⻘春SFジュブナイルストーリーです。
日常風景に突如飛び込んでくる壮大なSF要素
⻄暦2049年、阿佐ヶ谷団地に両親と暮らす小学校4年生の沢渡悠真は宇宙に憧れる少年。地球に接近する彗星に夢中になっている矢先、彼の家の家庭用AIオートボット「ナナコ」が何者かにハッキングされてしまいます。ナナコをハッキングしたのは、「二月の黎明号」と名乗る宇宙船のAIで、そのAIは「虹の根」と呼ばれる惑星から1万2000年かけてやってきて地球に不時着したのだと言います。
「私が宇宙に帰るのを手伝ってもらえないだろうか?」とそのAIが頼むと、宇宙好きの悠真は大興奮。彼は同じ団地に住む友人の真悟と銀之助、少女の花香と一緒に、人類が知らない星からやってきた宇宙船の修復という、ひと夏の極秘ミッションに挑むことになるのです。
本作は近未来の東京が舞台ですが、描かれる風景はどこか懐かしさを感じさせます。団地という昭和を象徴する集合住宅を舞台にしていることもあってか、ノスタルジックな雰囲気に包まれており、登場人物たちの日常の過ごし方も、自宅でテレビゲームをしたり、缶蹴りをしたりなどどこか牧歌的です。
そんな僕たちがよく知る日常の光景に、突然壮大なSFが飛び込んでくるのが本作の面白さです。例えば、「二月の黎明号」は取り壊し予定の団地に偽装しています。昔懐かしい団地がいきなり、高度なAI搭載の宇宙船に様変わりするという大胆な発想から、水を媒介したインターフェイスに、団地が宇宙空間に浮かぶ映像など、壮大かつ未来的なイメージがあふれだし、観客の想像力を飛躍的に拡げてくれるのです。
人とAIとの間に芽生える“絆”を巡る物語
本作は、そんなワクワクする気持ちに溢れている一方、人とモノとの絆を巡る物語でもあります。
主人公の悠真の家には、AIを搭載したオートボットのナナコがいます。彼は宇宙だけでなくAIだって大好きなはずなのに、なぜかナナコに上手く心を開くことができていません。
そんなナナコがハッキングされるのですが、彼女のことを無視して宇宙船修復のミッションを実行することに、悠真はちょっと罪悪感を感じています。AIに対してそうした感情を覚えるということは、実際のところ悠真は、AIに人間同様の人格を認めているわけです。そんな悠真がいかにナナコに心を開いていくのかがストーリーの軸になっているのです。
同時に、本作には人と人の絆も描かれます。家にいると互いをうっとうしいと感じる真悟とその姉との関係や、教室でいじめられている花香など、胸を締め付けられる描写もありますが、人間同士ですら絆を育むことが難しいというのを描くことで、人とAIの間に絆が芽生えることの素晴らしさが一層際立つようになっています。
それだけでなく、本作はAI同士の絆をも描いています。「二月の黎明号」の地球不時着を助けたのは人工衛星の「SHIII」であり、AIにも友情という概念があるのかもしれないと感じさせてくれるのです。
昨今、僕たちの社会でも色々なところでAIが活用されるようになってきました。これから、どんどんAIは生活の中で身近になっていくでしょう。そんな時、僕たちはAIとどう関係を築いていけばいいのかをこの作品は考えさせてくれます。さらにその先にあるだろう、AI同士が関係を築いていく時代が到来することも予感させてくれます。
子どもたちだけでなく、その親世代にもオススメできる理由
本作は少年少女たちが活躍するジュブナイルストーリーですが、その親世代の物語としても秀逸です。
悠真の親たちは、子どもを導き保護する大人としての責任もきちんと果たしつつ、彼らのやりたいことをサポートしてくれる存在として描かれます。そして、親たちもかつては子どもであり、悠真と同様に夢や憧れを抱いていたことが描かれるのです。
だからといって、自分たちが叶えられなかった夢を子どもたちに押し付けたりすることは決してありません。あくまでも、子どもたちの自発性を尊重し、見守る立場を貫くのです。
夢をもっているけど少々無茶をしてしまいそうな子どもたちに対して、大人はどう振舞うべきなのかを示しているという点で、本作は大人世代にも強くオススメできるものとなっています。むしろ、親子2世代でこの映画を観て、色々と語り合うといいんじゃないかと思います。
惑星「虹の根」で思い起こす子どものころのワクワク感
「二月の黎明号」 は、「虹の根」という惑星からやってきました。この惑星名が秀逸だと筆者は思います。
冒頭に書いた、虹のふもとを追いかけるという行為。それは、決して辿り着くことはできません。虹は大気中の水分に太陽の光があたって見える光学現象なので、物体として存在しないからです。
でも、「ふもとに何があるんだろう」と想像しながら追いかけている時はすごく楽しかったはずです。誰にでもそういう時期ってあったと思うのです。
「二月の黎明号」は、「虹の根」という惑星から1万2000年もの歳月をかけて地球にたどり着きました。「虹のふもと」を連想させるこの惑星名は「それだけ途方もない距離の先には一体なにがあるんだろう」と想像させてくれる、絶妙なネーミングだと筆者は思います。
よくよく考えてみると、僕たちが日常を過ごす地球は、「二月の黎明号」から見たら1万2000年先の果てしない宇宙の彼方だったはず。ということは、団地での小学生の日常生活も広大な宇宙の一部なのです。だから、この映画を観ると自分のちっぽけな生活も広大な宇宙の一部なんだと感じ取れるようになるのです。
もし、毎日がつまらないと感じていたら、是非この映画を観てほしいと思います。自分の退屈な日常を見る目が、きっと変わるはずです。
関連作品