※以前、あるウェブメディアに書いた原稿ですが、そのメディアがなくなってしまったので、こちらに掲載します。初掲載日は、2023年2月3日。
現実の人生は、いろいろと嫌なこともありますし、世の中も物騒です。戦争も起きるし、差別もあるし、分断は加速しています。
1月27日から公開のアニメ映画『金の国 水の国』は、そんな現実社会に疲れた人に、純度の高い潤いを提供してくれる作品です。117分の上映時間に、たっぷりと人の優しさが詰め込まれています。
原作は、「このマンガがすごい!2017」オンナ編で1位に輝いた、岩本ナオの同名マンガ。運命の恋をするふたりの主人公、サーラとナランバヤルを、浜辺美波と賀来賢人が生き生きと声で演じています。ふたりのお芝居とアニメーションと音楽の美しさに心が洗われる体験で、観て良かったと思える内容でした。
敵対する「水の国」と「金の国」で生まれたピュアな愛
本作は、100年争いが続くふたつの隣国を舞台にしています。
経済的には豊かだけど砂漠に囲まれ水不足に悩む「金の国」ことアルハミトと、貧しいけれど水資源は抱負な「水の国」バイカリ。
敵対している両国は、かりそめの平和を維持するために、アルハミトからは最も美しい女性を、バイカリからは最も賢い男性を結婚相手として贈る取り決めがありました。
しかし、反目し合う両国のリーダーたちは、揃って相手国に犬と猫を結婚相手として送り付けてしまいます。その犬と猫を受け取るのがふたりの主人公である、王族のサーラ(浜辺美波)と建築士の⻘年ナランバヤル(賀来賢人)。
ふたりはそのことを知らずに偶然知り合うことになります。
両国が犬と猫を贈ったと知られたら争いの火種になりかねないと思ったふたりは、それぞれを結婚相手と偽ることで戦争が起きるのを回避しようとするのです。
サーラはアルハミトの第93王女で、誰かに振り向いてもらえるような美貌の持ち主ではないと周囲から言われています。おっとりした優しい性格の彼女は美貌に恵まれた姉王女たちに対して劣等感を抱いてもいました。
ナランバヤルは貧しい村の出身ですが、頭の切れる男です。彼は絢爛豪華なアルハミトに圧倒されながらも水不足に陥っていることを瞬時に見抜き、将来を憂います。
偽りの夫婦とはいえ、王族とお近づきになれたことをチャンスに変えるべく、彼はバイカリからアルハミトへと水路を引く計画を実現しようと奔走するのです。
アルハミトは経済大国だけあって武力も圧倒的で、バイカルの土地を虎視眈々と狙っているのですが、王側の強硬派と女王側の穏健派で対立が起こり、その実行には至っていない状態です。
水が手に入ればアルハミトの将来は安泰、そしてバイカリはアルハミトと貿易できれば経済を回復できる、そんな状況下でサーラとナランバヤルの恋が生まれるのです。
人間としての魅力に溢れたふたりの主人公
本作は、主人公ふたりのキャラクターがとにかく魅力的です。ナランバヤルは一人称「あっし」の、ちょっと調子の軽い男ですが、機転が利き洞察力も鋭い頼りのなる男です。さらに、思いやりがあってロマンチックな部分もあり、ちょっと惚れっぽくて、理知的かつ可愛い部分をたくさん持っています。
ヒロインのサーラは、おっとりしていて優しい女性です。しかし、自分に自信が持てず本当の気持ちを内にしまい込みがち。本作は、そんなサーラが自分に自信をつけていく物語でもあります。特にバイカリの族⻑に「アルハミトの美女」としてお目通しをする場面は、彼女の強さが描かれる本作屈指の感動シーンです。おっとりしているけれども、実はとんでもない酒豪というギャップも魅力的です。
彼女は確かに、アルハミトで一番の美女ではないかもしれません。しかし、映画を観ればきっと多くの人は魅了されるに違いありません。
その気品ある仕草や丁寧な言葉遣い、思慮深い言動と芯に秘めた強さなど、数多くの魅力を持っていて、人間の美しさとは外見だけではないと思わせる説得力のあるキャラクターです。
大切なのは「対立」よりも「対話」
主人公のふたり以外のキャラクターも素晴らしく、この作品には根っからの悪人は出てきません。アルハミトの王や、右大臣ピリパッパなどが対立する存在として登場しますが、どうしようもない悪ではなく、話せばわかる人物として描かれます。
本作が大切にするのは、対話です。
国同士が対立していたとしても、個々人までその対立を引きずる必要はないはずです。そして、国同士だって腹を割って対話することができれば、和解の道筋は開けるものだと本作は描きます。
派手なアクションでストーリーを引っぱるのではなく、対話によって問題を解決していく展開が本作の特徴ですが、それはもしかしたら、現代社会に一番欠けていることかもしれません。
対立よりも助け合うこと。
それを導くのがナランバヤルの知恵とサーラの優しさであるところがこの作品の美点です。武力や腕力じゃなく、知恵と優しさで困難を乗り越える物語だからこそ、この作品を観ると心が洗われるのです。
ちなみに、サーラとナランバヤルが飼うことになる犬と猫も仲良くなっていきます。この2匹が仲良くなるのも、違いを乗り越えて和解するという作品全体の象徴になっています。
美しい映像と美しい音楽の洪水
本作のアニメーション制作を担当したのは、『時をかける少女』や『ちはやふる』などを手掛けた老舗スタジオ、マッドハウス。近年も『若おかみは小学生!』や『グッバイ、ドン‧グリーズ!』など、素晴らしい⻑編アニメ映画を手掛けている実力あるスタジオです。
渡邉こと乃監督は、テレビアニメ『ちはやふる』をはじめとして、数多くの作品で演出を手掛けてきた実力派。本作も丁寧な芝居作りを指向して原作の魅力をしっかりと引き出しています。
さらに、『ヴァイオレット‧エヴァーガーデン』やNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を手掛けたEvan Callによる劇中音楽も大変に感動的です。本作の持つ無国籍感を情感たっぷりに表現しており、物語を忘れ難いものにしています。
本作のために書き下ろした3曲のボーカル曲を歌うのはシンガー‧ソングライターの琴音。映像と音楽が織りなす洪水のような美しさで2時間、夢のような世界に浸らせてくれます。
優しさ成分100%で出来たような本作。隣り合う両国が敵対するという状況は、現実社会を反映しているようでもありますが、だからこそ、この作品のように歩み寄ることができたらと願わずにはいられません。
映画は、厳しい現実からひと時逃れられる「避難場所」にもなれるものです。本作は架空の国を舞台にしたおとぎ話的な物語ですが、だからこそ、現実に疲れた人に活力を与えてくれるでしょう。心に潤いが欲しい人は、ぜひ本作を観に行ってください。
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