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「うまずして(産まずして?)」見出しの是非を考えるために、共同通信社の記者ハンドブックを読んでみた

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  共同通信が上川陽子外相の発言を配信した記事が、物議をかもしている。

 【速報】「うまずして何が女性か」と上川陽子外相|47NEWS(よんななニュース)

 これが悪意ある切り取りではないかという指摘がされている。

 上川外相の発言の全文は公表されていないようだが、こういう趣旨のようだ。

(静岡県知事選の候補として)一歩を踏み出していただいたこの方を、私たち女性がうまずして何が女性でしょうか。

私も初陣のときに皆さんに「うみの苦しみにあるけれども、ぜひうんでください」と演説で申し上げた。この候補者のことを思うと、その場面が頭によぎる。

今日は男性もいらっしゃいますが、うみの苦しみは本当にすごい。でもうまれてくる未来の静岡県、今の静岡県を考えると、私たちは手を緩めてはいけない。力を結集すればこの戦いを勝ち抜くことができる。
「うみの苦しみは本当にすごい」 上川外相の発言要旨 – 産経ニュース

 批判されている原因は、「女性と産む」ことを結びつけた比喩表現で、毎日新聞の書き方によれば「出産したくても困難な状況にある人への配慮に欠けるとの指摘が出る可能性がある」とのこと。

 確かに、女性に対して「子どもを産まなければ女性とは言えない」と言ったのなら大きな問題だ。だが、上川外相は、上の要旨にある通り、静岡県知事線に出馬する候補者の応援演説で、「ここにいる女性の力でこの候補者を知事にしよう」という意味のことを言っていると思われる。

 そのための比喩表現として適切なのかどうかということも議論できるが、要旨を読めばそれほど大きな誤解を招くほどの表現でもないように思える。むしろ、この発言の伝え方によって誤解が広がっているような気もする。

 筆者自身は確認できていないのだが、共同通信が最初に配信した際には「うまずして」ではなく、漢字で「産まずして」と書かれていた可能性が指摘されている。

 沖縄タイムスには、訂正の記述がある。

(産む、の表記を、うむ、と訂正)
【訂正】「うまずして何が女性か」と上川陽子外相  | 共同通信 フラッシュニュース | 沖縄タイムス+プラス

 京都新聞も「産まずして」で記事を配信していたようだ。

 これらの地方新聞が、静岡県知事線の応援演説を独自取材しているとは考えにくい。おそらく通信社の配信を記事にしているのだと思うが、共同通信の配信記事をそのまま記事にしているのだと思われる。

 配信時に、地方新聞側が間違えて漢字にしてしまった可能性もあるかもしれないが、少なくとも二社が同時に同じ間違いをするのは不自然とは思う(珍しいだけで起き得ないとは思わないが)。
 
 

共同通信社「記者ハンドブック」の「うむ」の記述は?

 実際の上川外相の発言要旨からすると、これは出産に関する発言ではなく、「新たな知事を女性の力で当選させよう」という意味の発言であることはわかるはずだ。

 では、その場合、新聞記事では「うまずして」をどのように書くべきだったのか。

 こういう紛らわしい単語を扱う際に便利なのが、まさに今回の記事の作成元である共同通信社が出版している「記者ハンドブック」だ。これは、「あう」(合う、会うetc)とか「うつ」(打つ、撃つ、討つetc)など、紛らわしくて注意が必要な言葉の使用例などをまとめた本だ。ライター業の方は持っておくべき一冊だ。

 例えば、「手をあげる」という表現には「手を上げる」と「手を挙げる」の2つが考えられる。記者ハンドブックには、それぞれどういう意味になるかが、以下のようにわかりやすくまとめられている。

▼手を上げる〔あげる、ホールドアップ、殴る〕手を上げて声援に応える、手を上げてタクシーを止める…

▼手を挙げる〔表明、挙手〕候補者公募に手を挙げる、手を挙げて意見を言う

一般社団法人共同通信社. 記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集 (p.232). Kindle 版.

 それぞれの使用例を示し、どのように使い分ければいいのかわかりやすく示されている。そして、「うむ」という言葉もやはりこのハンドブックで注意が必要な表現として掲載されているのだ。

うむ

=生む〔誕生、作り出す〕生みの親、生みの苦しみ〔創作〕、傑作を生む、利益を生む

=産む〔主に出産関係〕案ずるより産むがやすし、産み落とす、産み月、産みの苦しみ〔出産〕、産み分け、子を産む、卵を産む

〔注〕紛らわしい場合は「生」を使うか平仮名書きにする。

一般社団法人共同通信社. 記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集 (p.281). Kindle 版.

 「産む」と書いた場合、主に出産関係を意味すると記者ハンドブックには書かれている。「生む」の場合は「作り出す」の意味であるという。そして、紛らわしい場合は「生」か、ひらがなにせよという。

 共同通信の最初の配信記事が「産まずして」だったのかを確認する術がないのだが、沖縄タイムスが訂正していたり、他の地方紙も同様に「産まずして」を見出しに用いていたところを見ると、一度は「産まずして」と書いた可能性がある。

 もしそうなら、自社の記者ハンドブックに沿ってない書き方をしたことになる。上川外相の発言趣旨を伝えるならば、「生む」を使う場面ではないか。

 修正後の平仮名表記は、紛らわしいからハンドブックに則って平仮名にしたと考えられるが、明らかに出産について語っておらず、「作り出す」の意味であることは明らかだと思う。

 この発言を報道した記事の多くは「誤解をまねく可能性」を指摘している。だが、共同通信の第一報が記者ハンドブックに則った言葉を使っていれば、それほど誤解をまねかなかったのではないか。

 こういう紛らわしい日本語をしっかりと誤解のないように伝えるために、共同通信社の記者ハンドブックはあるのだと思うが、そのハンドブックを作っている共同通信がなぜこんな記事が作ってしまうのだろう。

 記者ハンドブックには、こうも書いてある。

読みやすい記事は、言葉の意味を考え込む煩わしさや誤解の余地のない平明な文章で構成される。

一般社団法人共同通信社. 記者ハンドブック 第14版 新聞用字用語集 (p.214). Kindle 版.

 今回の記事は、「言葉の意味を考え込ませる、煩わしくて誤解の余地がある」記事になってしまってないか。誤解の少ない情報に触れて初めて我々は、上川外相の発言が適切だったのかを議論できるようになる。記者ハンドブックは、社会にそういう状況を提供するためにあるのだと思う。

 もちろん、単純なケアレスミスだった可能性もあるのだけど。

 
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