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配信寡占の時代にアラモ・ドラフトハウスを買収するソニーの真意とは?

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 ハリウッドメジャーのひとつ、ソニー・ピクチャーズが映画館チェーンのアラモ・ドラフトハウス・シネマを買収したことには、「新鮮な」驚きがあった。

 ソニー、米映画館チェーンのアラモ・ドラフトハウスを買収 体験型エンタメへの取り組みを強化 | Branc(ブラン)-Brand New Creativity-

 知っている方もいると思うが、アメリカでは、映画製作・配給を行う会社が興行部門である映画館を所有することができなかった。これは1948年に独占禁止法を言い渡された「パラマウント判決」によるもので、この判決内容が2020年のコロナ禍という、なんとも最悪なタイミングで撤廃されたのだ。

 そんなタイミングで撤廃されても、もう映画館買いたい会社なんてないだろうから意味なかろうと思ってたら、いた。これはびっくりした。現在もアメリカ映画産業は、ストライキの余波で興行成績が全然戻ってきていないし、劇場の未来を危ぶむ声も結構大きいからだ。

 上のBrancの記事によると、ソニーの体験型エンタメの強化の一環という理由付けがなされているのだが、それならコンサートホールとかコンベンションセンターでもいいわけで、ここで劇場を買収する理由はなんだろう。それは映画化から得られる利益が欲しいということじゃなく、象徴的な意味合いの方が強いのではないかという気もする。

 でも、その象徴的な意味合いは、ソニーグループ全体にとって案外シナジーがあるかもしれないなとも思う。

アラモ・ドラフトハウス・シネマとは

 アラモ・ドラフトハウス・シネマはテキサス発祥の映画館チェーン。ここの劇場内には椅子の前にテーブルがあって、上映中にウェイターが注文を取りに来るという珍しい形式の映画館だ。

 僕も一度、オースティンの劇場にファンタスティック・フェストという映画祭のために行ったことがあるが、ピザを注文して食いながら映画を見たのを覚えている。コロナで経営危機に陥っていたものの、前年の成績は悪くなかったようだ。とはいえ、今アメリカで苦しくない劇場はないだろうから、熱心がファンを多く抱える特殊な劇場なので、映画ファンとしては複雑な気持ちだけど、ありがたい、みたいな気分ではないかと思われる。

ソニーは映画館を見捨てないというメッセージ?

 ただ、アラモは35館くらいしか劇場を持っていない。AMCみたいに巨大なシネコンチェーンというわけではない。全米公開のメジャー映画は3000館くらいの規模で公開するのが普通なので、その中の35館を所有したとて、そんなに大きな利益を生み出せるとは思えない。

 しかも、前述した通り、今はストライキの影響もあって作品が少なく、映画館は苦しい。一方、ストリーミングのNetflixは好調を維持しているし、ソニー以外のハリウッドメジャーは、時前のストリーミング・プラットフォームを持つ方向に舵を切っていた。

 そんな中、ソニーだけは自前のストリーミング・プラットフォームを持たずに作品を囲い込むようなことはしなかった。まあ、クランチロールを買収したので、ストリーミングをやってないわけではないが、自社のプラットフォームへ囲い込む戦術は取っていない。

 作品を囲い込まれて一番困ったのは、映画館である。何しろ本来なら劇場で公開されていたはずの作品が配信へと流れてしまったからだ。ディズニーはかなり顕著にそれをやって、だいぶ映画館に文句を言われた。

 その点で、コロナ禍でも映画館を一番見捨てなかったのはソニー・ピクチャーズだったかもしれない。今回の買収はその延長線上にあるような気がしていて、「ソニーは映画館を見捨てませんよ」という意思表示かなと思っている。実際、大儲けはしないだろうという気がするし。

 とはいえ、コアなファンが集まるタイプのアラモ系列を持っていることは、クリエイターも歓迎することだろうし、映画の作り手にとっても悪い気がしないものだろう。クリエイターの信頼を高められるなら、ソニーのグループとしてはメリットがあるだろうし、劇場を所有していれば、クランチロール配給のアニメ映画をかけやすくなるかもしれない。

 大勢でピザ食べながら、アニメ見たら楽しいだろう。テレビアニメのイベント上映なんかもやったら面白いかもしれないし、アラモだけで入場者特典を配ったりするかもしれない。クリエイターとファン、双方のロイヤリティを高める可能性のある今回の買収は、エンタメ企業へと変貌を遂げているソニーグループにとってはシナジー効果が高いのではないか。オフラインで集客できる場所を持つこと自体は、理にかなっている部分はあるんだろう。

配信プラットフォームと製作機能は分離するべきか

 さて、ここからはパラマウント判決と配信寡占状態について、考えてみたい。

 同判決は、1948年に出された。テレビが本格普及する前の時代で、この時、映像作品を見せる場所は映画館くらいしかなかった。なので、製作・配給・興行を垂直統合されてしまうと公平な競争を阻害することになると判断されて、興行は分離されねばならなくなった。

 この判決内容が撤廃されたのが2020年。コロナの真っ最中で映画館が一番苦しんでいる時だった。そんなタイミングで映画館を買えるようになったよと言われても、誰も買いたくないだろうと思った。しかも、時代はストリーミングで、ハリウッドメジャーはNetflixにならって、自ら配信プラットフォームを所有する方向へと走り出した。映画館を所有するとかほとんど考えなかっただろう。

 ここがちょっといびつだったのだ。アメリカは、映画会社が劇場を所有することは禁じても、配信プラットフォームを所有することは禁じていなかった。パラマウント判決の精神に殉じるなら、映画を製作する会社は、配信事業もやっちゃダメな気がするが、アメリカの連邦裁判所はそういう判断はしなかったわけだ。

 ちなみにテレビのチャンネルを映画会社が所有するのもありだった。ディズニーもESPNを持っている。劇場だけが所有してもらえないという状態だったのだので、2020年にそれをようやく是正したわけだ。

 なので、ハリウッドは今、日本の映画産業と同様、垂直統合できる状態になったということである。

 僕的には、配信にもパラマウント判決の精神で制作とプラットフォームを分離させる方向も良かったのではないかと、ちょっと思っている。その方が自由な競争が実現したのではないか。

 LAタイムズが、昨年のハリウッドのストライキの頃に、そういうオピニオンを掲載していた。

Netflix and other streamers wield too much power over labor. Use antitrust law to break them up – Los Angeles Times
Antitrust laws need to be invoked — as they were in the 1940s in U.S. vs. Paramount — to break up streaming services that both produce content and distribute it. This vertical integration has deeply changed the longstanding entertainment industry ecosystem, which allowed employees to survive and studios to prosper.

In recent decades, U.S. antitrust law has primarily taken aim at “horizontal monopolies” in which one or two huge companies dominate an industry and can force consumers to pay more. The vertical version — companies that control the supply chain from production to distribution, such as streaming services that also create content — hasn’t done that yet. In fact, subscription prices may have been initially underpriced to drive up demand, a practice called predatory pricing that also violates antitrust law.

Companies with this structure can wield outsize power in the industry, including against labor. As Federal Trade Commission Chair Lina Khan recently stated, this structure “can enable firms to exert market power over creators and workers alike and potentially limit the diversity of content reaching consumers.”

 1940年代のアメリカ対パラマウントのように、独占禁止法を発動し、コンテンツの制作と配信の両方を行うストリーミングサービスを解体する必要がある。この垂直統合は、従業員を生き残らせ、スタジオを繁栄させてきた長年のエンターテインメント業界のエコシステムを深く変えてきた。

 ここ数十年、米国の反トラスト法は主に、1つか2つの巨大企業が業界を支配し、消費者に高い支払いを強いることができる「水平的独占」を対象としてきた。垂直的独占とは、コンテンツの制作も行うストリーミング・サービスのように、制作から配信までのサプライチェーンを支配する企業のことである。実際、サブスクリプションの価格は当初、需要を高めるために低く設定されていたかもしれない。

 このような構造を持つ企業は、労働者に対するものも含め、業界で圧倒的な力を行使することができる。連邦取引委員会のリナ・カーン委員長が最近述べたように、この構造は「企業がクリエイターや労働者に対して同様に市場支配力を行使することを可能にし、消費者に届くコンテンツの多様性を制限する可能性がある」。

 もう時計の針は戻らないだろうから、アメリカの映像産業は数個の寡占状態でしのぎを削るみたいな状況になるだろう。それもストリーミングを中心にして。

 それが映像産業にとって良いことだったかはわからない。垂直統合で「独占配信」みたいな作品をたくさん持った方が競争力があるというのは、すでにNetflixが証明しているので、この流れは止まらないんだろう。

 しかし、配信業者にもパラマウント判決を適用できていれば、今の映像産業はどうなっていたのか、結構気になっている。全然違った風景になっていたのか、それとも資本の論理の要請が今とほとんど変わらなかったか。

まあ、そういう配信寡占の時代へのカウンターとして、ソニーの映画館買収は面白い動きではあると思う。少なくとも配信寡占の競争に参加する以外の選択肢があるという可能性を指示していると思うので。他にも追随する会社があるかどうか注目したい。

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