新春のテレビ番組の楽しみはこれだった。土井裕泰監督、野木亜紀子脚本のオリジナルドラマ『スロウトレイン』だ。
土井さんと野木さんは、『空飛ぶ広報室』や『重版出来!』でコンビを組んだ間柄。『逃げるは恥だが役に立つ』でも土井さんはチーム演出ではないが、参加していた。あとは、映画「罪の声」でもコンビを組んでいた。いずれも原作ものだったが、今回はオリジナルで組む。
TBSのドラマ制作部は、優秀な演出家が多いけど、中でも土井さんの演出力は高い。その土井さんがTBSで作る最後のドラマになるという。
『スロウトレイン』あらすじ:鎌倉から釜山へ、3人の姉弟が辿る人生の岐路
『スロウトレイン』はこんなあらすじだ。
鎌倉に住む葉子(松たか子)、都子(多部未華子)、潮(松坂桃李)の姉弟は、交通事故で両親と祖母を一度に亡くした。月日は経ち、二十三回忌の法事の帰り道。都子が突然「韓国に行く!」と葉子と潮に告げる。この告白をきっかけに、三者三様の姉弟に、“人生”という旅路の分岐点が訪れる。
それまでの「3人での幸せ」から、「それぞれの幸せ」と向き合っていく葉子、都子、潮――。
そして物語は日本の鎌倉から韓国の釜山へ。
土井裕泰監督×野木亜紀子、オリジナルドラマに込めた想い
放送に先んじてインタビューも出ていた。
土井裕泰×野木亜紀子が“オリジナル”にこだわった理由とは? 『スロウトレイン』創作秘話
――ドラマは鎌倉、釜山が舞台になっています。
土井:たまたま2022年に電車に乗っていたときに、「小津安二郎没後60年」という企画展のポスターを見て、“この何十年で変わったもの”を自然に比較できたら面白いなと思ったんです。そこで、小津監督の映画で描かれていたような家族観、親子観みたいなものと対比になるようなかたちで、同じ鎌倉を舞台に今生きている姉弟を描きたいなと。韓国に関しては2002年に『フレンズ』(TBS系)という日韓共同制作ドラマを制作して、当時はまだ(韓国ドラマブームの火付け役となった)『冬のソナタ』の前だったので、お互いに理解し合えずに大変なことがいっぱいあったんです。でも、気がついたら日本の若い子たちがみんな韓国の文化やエンタメに憧れるような状況になっていて、「この20年で何があったのだろう」と。今回、若い日本人と韓国人の繋がりを描くことで、そんな意識の変化も自然に描けるかなと思いました。ただ、野木さんから「鎌倉と韓国の共通点がほしい」と言われまして(笑)。そこでリサーチしたら、釜山の電車を見つけて。
タイトルの「スロウトレイン」は江ノ電のことだろうなと思っていたが、釜山の電車もでてくるようだ。
そして、野木さんの言葉からは、まったりとしたタイプの、ホームドラマを連想させる。単に絆、キズナと押し付けるような内容ではなさそう。
野木:たぶん、世の中には大晦日に1人で蕎麦を食べている人もたくさんいると思うので、「そういうこともあるよね」と。お正月のホームドラマであまりこういった光景はないと思いますが、1人でそばを食べている人たちと、電波を通して通じ合えたらと思いました。
出演陣も豪華なのも視聴しようと思った理由の一つだ。主なキャストは以下の通り。
松たか子、多部未華子、松坂桃李、星野源、チュ・ジョンヒョク、松本穂香、池谷のぶえ、倉悠貴、古舘寛治、宇野祥平、飯塚悟志(東京03)、菅原大吉、中村優子、毎田暖乃、リリー・フランキー、井浦新
注目は、チュ・ジョンヒョクだ。日本ドラマ初出演だが、彼の実力は確かだ。世界的ヒットとなった『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』でヨンウの同期の腹黒弁護士、クォン・ミヌを演じていた人。他にも『ユミの細胞たち』にも出演している。
TBSは韓国のCJ ENMとドラマ・映画の共同制作の提携をしたりと韓国との協業に熱心だ。去年は、『Eye Love You』も話題になった。
TBSと韓国CJ ENM ドラマ・映画の共同制作で合意|TBSテレビ
一人で生きることを認める「ホームドラマ」
両親と祖母を事故で一度に失った渋谷家。残された3人の姉弟、葉子(松たか子)、都子(多部未華子)、潮(松坂桃李)は、27回忌の帰りの電車に並んで座っている。3人は仲が良いような悪いような関係。都子は突然釜山に引っ越すと言い出し、姉の葉子を困惑させる。姉は優秀な本の編集者としてバリバリ働いてきたが、結婚していない。潮は江ノ電の保守点検の仕事をしている。
3人の姉弟を通じて、三者三様の孤独との向き合い方と人生を前に進める方法を、しんみりと見せる良質なドラマだった。周りからいい人はいないのかと言われる孤独、姉に内緒で元担当の作家と付き合っている弟は一緒にいて感じる孤独を相手に与えてしまう、言葉の通じない異国の地で感じる孤独。
3人で生きてきた姉弟は、最後にはそれぞれの道で生きることを選択する。結果として、葉子は一人で実家に暮らすことになるが、それは前向きな選択として描かれる。
3人の姉弟は、それぞれが自分たちのせいで家族を苦しめていると思っている。姉は、幼い妹と弟を養うために結婚を諦めたと周囲に思わせてしまった(実はそれは事実を知られたくない姉が適当な言い訳をしていただけだった)。妹と弟は、自分たちのせいで姉を不幸せにしてしまったと思っている。
でも、葉子は自らの選択で結婚しない道を選んだ。だから、一人でいても不幸せなんかじゃないんだと言う。その言葉を聞いて、都子は韓国人の彼氏ユンス(チュ・ジョンヒョク)と釜山で生きていくことを決意し、潮は作家の百目鬼見(星野源)と同棲するために、実家を出ることになった。
年越しの瞬間も熱心に仕事している葉子の姿は、それはそれで一つの生き方だ。仕事だけの人生が悪いことだなんて、本当は誰にも言えないはず。もちろん、一人で生きることには覚悟も必要かもしれない、それでも前向きな選択としての一人というものを「ホームドラマ」として提示するというのは、とても価値あることだったと思う。
作中にも結婚しない人が増えているというセリフが出てくる。結婚したからといって幸せとは限らないとも。それでも一人で生きる自信や覚悟、勇気がないから家族を作っているのだというセリフも。それらを乗り越えたから、松たか子演じる葉子は、一人で生きるという選択をすることができたのか。
それは、そうなのかもしれないと思う一方、宇野祥平がカウンターとして鋭いセリフを言っていた。ワンシーンだけの登場だが、非常に良いアクセントになっている。一人で生きていないから、孤独で生きられると簡単に言えるんだと。宇野祥平演じる、マッチングアプリで出会った男性は、人と喋らないタイプの仕事をしているので、宅配便の人が来た時に、とっさに声が出なかったという。そういう状況に直面して始めて、人は孤独の本当の強さに直面するのかもしれない。
このドラマの中では、まだ葉子はそこまでの状況に直面してはいないのだ。もしかして、これから直面するかもしれない。でも、彼女は少なくとも、そういう恐怖に向き合う覚悟はできている。そう思わせる終盤だった。ここがしみじみと良いと思わせるポイントだった。
ロケ地が鎌倉と釜山であるのも、非常に良かったと思う。どちらもなんとなく似ている部分があって、人は多く住んでいるけど、落ち着いた雰囲気で「侘び寂び」がある。
一人で生きる松たか子の健やかさ
主演の松たか子の涼しげな佇まいと、生々しさのある存在感が作品全体を見事に引き締めていた。寂しさをテーマに、盆石の写真集の仕事に打ち込む姿は、確かに生き生きとしていて、充実した仕事人の姿だった。作家二人に振り回されたり、振り回したりする姿も堂に入っている。彼女にとってこれは最善かどうかはわからないが、それなりにベターな選択だ、という健やかさが感じられる。
次女の多部未華子は、奔放に生きて姉を困らせている存在だが、実際にはだれよりも姉思いだった。日本人だけど「はい、はい」ばかり言う優しい女じゃないと言い放つのがいい。弟の松坂桃李は、可愛かった。可愛がられて育ったんだろうなというのが、芝居から伝わってくる。しっかり者であるのも、姉二人のケンカをいつも仲裁していたんだろうなという、芝居から育ちが伝わるくらい見事だった。
チュ・ジョンヒョクのナチュラルな存在感も良かったし、星野源のいい加減で抜け目なさそうな作家役もいい感じだった。リリー・フランキーと古舘寛治はいいコンビ。
正月に見るホームドラマとして、この結末は異色かもしれない。しかし、姉弟のくびきを解き放ち、それぞれの道を見つけて、正月くらいはみんなで揃うという、適度な距離感ある関係はとても風通しが良さそうだった。
日本も韓国も結婚しない人が増えている。それは積極的な理由の人もいれば、結婚できないからしていないだけの人もいるだろう。どちらの国でも孤独との向き合い方は、重要なテーマとなっている。絵空事の一家団欒を描くのではなく、離散と時折の集合という「家族」のあり方を正月に示したことは、価値あることだと思う。
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