フジテレビが揺れている。
中居正広の性的トラブルが報じられ、その事件が起きた会食をセッティングしたのが、フジテレビのプロデューサーだったのではと報じられ、疑惑が拡大している。
フジテレビ側は全面的に否定したが、週刊誌報道は二の矢・三の矢と繰り出し疑惑は拡大の一途を辿っている。
それを受けて、フジテレビの港社長が会見を金曜日に開いたが、この会見対応がさらにまずく、土曜日の放送では、多くの一流企業がCMを差し替えるという事態になっている。
もはや中居正広問題ではない
いまだ一部のメディアはこれを「中井正広さん問題」と呼称して報じているのだが、もはや中居正広といういち個人の問題ではないことは明白だ。
トヨタやNTT東日本などフジテレビCM差し止め 中居正広さん問題 – 日本経済新聞
これが本当に中居氏といういちタレントの不祥事だけであるならば、関連番組のCMだけ差し替えればいい。松本人志の時は『ダウンタウンDX』などでそのような対応が行われ、本人が出演しているCMが別の内容に変わったりしていた。
松本人志 突然の活動休止にテレビ局対応に大慌て レギュラー番組7本 「ダウンタウンDX」一部CM差し替え/芸能/デイリースポーツ online
(とはいえ、中居正広氏の罪が消えるとか、矮小化されていいというわけではない。いち個人の問題よりも組織や業界全体の慣習や体質の問題として、より大きな問題としてとらえないといけないということだ)
だが、今回のCM差し替えは中居氏関連とは関係のないところに及んでいる。トヨタやNTT東日本、日本生命や明治生命、アフラックなどが相次いでCMを差し替えるという事態となり、全体の1割がACジャパンの公共広告になったという。
フジテレビ CM撤退ラッシュ…18日は1割以上が「ACジャパン」に差し替え 根幹揺るがす一大事― スポニチ Sponichi Annex 芸能
港社長の会見から1日の間にこれだけの反応を引き起こしているというのは、ただ事ではない。明らかに今、フジテレビのテレビ局の事業全体にダメージが及んでいる。金曜日に会見を開催した真意はさておき、土曜日にこれだけの対応が出たということは、休み明けにはもっと多くの企業がCM差し替えを決断してもおかしくないのではないか。
すでに右肩下がりだった放送収入の減少速度が加速
この事態は、今後のフジテレビの事業にどんな影響を及ぼすだろうか。
まず、第一に放送収入の減少だろう。とはいえ、テレビ局の視聴率を基調とした放送収入はここ数年右肩下がりを続けている分野だ。放送収入はこれ以上伸びることはない、というのはもはやメディア関係者的には共通見解であろう。
放送収入はもう伸びないことがはっきりした〜2022年度キー局決算を考える(1) | 境治のメディアと日本の再生論(MediaBorder+)
ただ、その減少スピードをどれだけ緩やかに抑えられるかは結構重要なことだったはずだ。その減少分を別の分野で埋めるために、各局色々な事業に進出しているわけだけど、基本的にはアニメやドラマ配信、催事などで放送外収入を増やしていくという方向だ。TBSやテレビ東京はこの分野にかなり積極的だ。
今回のフジテレビの一件は、放送収入の減少スピードを加速させることになるだろう。それこそ、放送外収入が充分に育っていない中でそのような事態に見舞われることになる。それは会社全体の企業体力の低下につながりかねない。
実際、一時CMを差し替えてもほとぼりが冷めれば戻る企業もあるだろう(そもそもCM枠は事前販売なので、差し替えたとしても直接売り上げが減ることを意味しない)が、今後取引を改めて、広告費の配分を見直す動きは出てくるだろう。
すでに広告の世界において、テレビは重要ではあるが、絶対の存在とは言えなくなってきている。ネット広告費がテレビを抜いてすでに数年が経過して、その差は開いていく一方だ(しかし、ネット広告のひどさには閉口するしかないといった状況だが)。
これを機会にテレビ出稿減らしてもっとネットを重視しようかと考える企業がいても全然不思議ではないし、むしろそうなる方が自然かもしれない。
すでに広告の世界でもテレビの弱体化は進行していたが、今回の事件でそれも加速することになる。日本のメディアのパワーバランス全体にも影響が出ることとなるのではないか。
そして、テレビ局は放送収入のさらなる減少を埋めるために、ますます放送外収入に期待することになるかもしれない。放送外収入を稼げるコンテンツの筆頭はアニメで、フジテレビもこの分野の強化を図っている。今回の事件がアニメ事業やアニメ業界に直接影響することはないが、間接的な余波でさらにアニメが重視されたりすることはあるのかもしれない。
だが、アニメもグローバル展開が当たり前の時代なので、まともにコンプライアンスが機能せず、ガバナンスにも疑問符がつく会社と積極的に関わりたいとは思っていない。アニメにお金を出したい企業は、今は国内外にたくさんあるので、テレビ局マネーが必須という状況では、必ずしもない。
それでもフジテレビの放送免許取り消しはない?
今回の事件で、フジテレビの放送免許取り消しを叫ぶ声も出てきているようだ。個人的に、それはないとは思うが、そういう声が出てくるのも当然だろう。
【画像・写真2枚目】《停波求める声も》中居正広の女性トラブル関与疑惑が大炎上…それでもフジテレビの「放送免許取り消しがない」ワケ | 女性自身
この記事に総務省の回答が付されている。
――放送法第4条に「公安及び善良な風俗を害しないこと」とあるが、今後フジテレビが疑惑を事実と認めた場合は?
「仮定の話はなかなかできませんが、『公安及び善良な風俗を害しないこと』は、番組の内容についてであって、企業内(フジテレビ)のコンプライアンスで違反するということはないです」
電波法も放送法も、経営サイドの倫理的側面を問うものではなく、技術的な要件を満たすかや、外国企業の資本比率などの規定があるが、それを破らない限りは放送免許の取消とはいかないということだ。
とはいえ、「それでいいのか」という議論は起きてしまうだろうし、政界にもテレビへの影響力を強めたいと考えて強権を振るいたい政治家はいる。今回のことが利用されないとは限らないだろう。
そもそも、フジテレビは数年前に外資規制にひかかり、放送免許取り消しになるのではと報じられたことがあった会社だ。
認定取り消しならフジテレビどうなる? 外資規制を解説:朝日新聞デジタル
こういう過去の事例を踏まえると、フジテレビの経営層は、そもそも法令遵守の意識が薄そうだなと感じてしまう。これは今回の件とは全く無関係ではあるが、「そもそもこの会社、ガバナンス大丈夫なのか?」という思いを強くする人はたくさんいるだろうし、付き合いを考え直してもおかしくない。
個人的には、現体制はもう持たないのでは、と思う。というか、持たせるべきじゃないだろう。テレビ業界の古い、悪しき慣習に染まっていない経営者を入れる必要があると思う。それには生え抜きの人材じゃなくてもいい、外部の人材を登用して立て直しを図るぐらいでいいのではないかと思う。というか、内部の人間だと、結局フジテレビの慣習に染まっているのではという疑念を払しょくできないだろう。
<1/20追記>
信頼できるメディアはどこにある?
なんとなく、報道の課題についても書いておきたくなった。
今回の港社長の記者会見の閉鎖的対応によって、今後フジテレビは報道機関としての正当性を失うのでは、という意見が聞かれる。全くその通りだと思うし、今回の一件でマスメディアの信用度はさらに低下することになるだろう。2024年は、選挙の報道を巡り、メディアにあり方が問われた年で、マスメディアの情報を信用しない人が社会の中に相当数、増えているということが実感された。それに拍車がかかることになる。
しかし、だからといってネットメディアになんの信頼性がおけるというのか。SNSはデマの温床となり、まるで信用に値しない状況だ。何が本当のことなのか見極めるには、メディア・リテラシーが必要だ、なんてレベルはとっくに超えて、事実を見極められると思うのはすでに自惚れという状況にすらなっていると言える。テレビの信用が落ちた代わりに、どこか信頼がおけるメディアが台頭したかというと、そういうわけじゃない。
おりしも昨日、SNS上での誹謗中傷とデマが原因と思われる兵庫県知事の死亡のニュースが駆け巡った。テレビというマスメディアが自ら信頼を失う行いに走り、SNSは自浄作用が全く働かず人を死に追いやっても反省のない場となってしまっている(SNS誹謗中傷による人の死はこれが初めてじゃない)。
信頼できるメディアが失われいく。何を頼りに社会生活を営むべきなのか、不安ばかりが増大していき、社会は不安定化し、ますます自己保身的になる人が増えていけば、社会全体が壊れていく。そういう危機感がどんどん高まってきている。