ドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』を見てきたので、少し感想を記しておきたい。
本作は、単館系での上映、独立系の配給会社の作品ながら話題となっており上映が拡大している。確かに強烈な印象を残す作品で、人間の人生とは何なのか、深く自分の問いかけざるを得ないものがある。
本作は、監督の姉が医学部に進学した後、叫ぶようになり統合失調症ではないかと思われたが、医師である研究者でも両親がそのことを認めず、精神科の受信を拒んだことから起きた、家族の20年を追いかけた作品だ。
何十年にもわたって両親はなぜ姉を医者に見せないのかと憤る監督。姉の症状は年を追うごとにひどくなっていき、家に閉じ込めるようにもなる。そんな家族の記録を赤裸々に露わにしている。
日本映画学校のセルフドキュメンタリーの系譜
本作は、自身の生い立ちや家庭環境などを題材とする、いわゆるセルフドキュメンタリーというものだが、藤野知明監督が日本映画学校出身だということがわかって、少し合点がいった。
筆者も同じ学校出身で、同じ先生に師事している。千葉茂樹さんというドキュメンタリー作家なのだが。藤野監督の方が先輩だ。
日本映画学校は、今では4年制の日本映画大学となっているが、藤野監督が筆者が通っている頃は3年制の専門学校だった。この学校は、強烈なドキュメンタリー作品を時折生み出すことで知られていて、卒業制作ながら一般劇場で公開されたドキュメンタリー作品がいくつもある。
そのほとんどが、自身の家族にカメラを向けたセルフドキュメンタリー作品だ。未熟な若者でも自分を題材にすれば唯一無二の作品ができるというのもあるが、なによりこの学校が人間を観察し、自分自身と向き合うことを教育の基本としているような部分があった。
日本映画学校のドキュメンタリー作品で有名なのは、『ファザーレス』『HOME』『アヒルの子』などがある。
家族関係を問い直すというのは、自分を見つめる基本でもある。カメラを持って家族に迫るとう行為を通じて家族関係に変化が訪れることがあるのが上記3作の共通して感動的な部分であるが、『どうすればよかったか?』も似ている部分がある。
人は自分の間違いを認めることがこんなにも難しい
「どうすればよかったか?」と問いかけのタイトルになっている本作だが、この一家のある種の袋小路に入っていくようなどうしようもなさはどうすれば避けられたのか、と観客は自問自答せざるを得ない内容になっている。
両親はともに医学部出身の優秀な2人だ。姉もそんな優秀な部分を引き継ぎ医学部へと入るが、統合失調症を発症する。すぐに医者に見せていればよかったことは間違いない。しかし、両親は彼女を医者から遠ざけてしまった。厳しくしすぎたことへの反発で演技をしているのではという母や、自分たちは医者なので病気ではないとわかると断定的に振舞う両親だが、その実、身内に統合失調症が出てしまったことを恥じて、自分たちの判断ミスを認められない、人としてのプライドのようなものが見え隠れする。
人は自分の間違いを認めることが難しい生き物だ。それが姉の症状をどんどん悪化させていってしまう。
いよいよこれはどうにもならないというところまできた時に、監督が介入して精神病院に入院させることとなり、姉は3カ月で快方に向かった。
父親の言うことは責任転嫁にも近い。母親が反対するからとか、色々なことを言うが結局自分が間違っていたと口に出すことはなかった。姉が癌で死去してもある意味でじゃ充実していたと言う。何十年も家に閉じ込め、もっと早くに治療していれば、より充実した人生がおくれたかもしれないのに。
「どうすればよかったか?」という問いかけは、筆者としては「人はどうすれば、心から自分の間違いをみとめられるのか?」という問いかけのように感じられた。この家族に限らない、間違いを認められない人は、世の中に溢れている。あらゆるところに、相似形の間違いと失敗が世の中には溢れているのではないか。
だとすれば、自分とて判断を間違えてしまうこともあるのではないか、そういう怖さを突き付けてくる作品でもある。
カメラで人の人生に介入すること
セルフドキュメンタリーは身近な家族にカメラを向ける。一般的な取材と異なり、公と私の区別をつけにくくなるがゆえに、カメラでどこまで踏み込むのかのバランスが難しい。
カメラは怖いものだ。関係性を変えてしまう力がある。藤野監督はこの映画の取材で「まずカメラを向けたまま怒鳴るわけにもいかないということで、僕が落ち着いたというのはあります。そして父もカメラを向けると物分かりが良くなるんです。「姉の言ってることは普通とは思えないことがある」と言ったりもしていましたが、そんなことカメラを向けないと絶対に言わないんですよ。ホームビデオと言っていたので撮影を拒否することはありませんでしたが、部外者に映像を観られても問題ないようにしているように感じました」と語っている。
カメラで誰かの人生に介入すると、多かれ少なかれ何らかの変化を生じさせる。その変化が良い方向に行けばいいが、そうとは限らないのが怖いところだ。
その意味で、「どうすればよかったか?」という問いのタイトルは、「どこまでカメラをまわすべきだったのか?」という問いにも聞こえてくる。監督は充分にカメラの威力について自覚しているが、カメラの怖さはスマホとSNS全盛の今、世の中では忘れ去られようとしている。そんなことを考えてしまう作品だった。
とにかく、ずしんと胸に重たいものが残る作品なので、気軽に見て来ればいいよと言えないのだが、しかし、見て後悔や損をする作品ではないと思う。むしろ、人生に重要な何かを残してくれる作品だと思う。
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