国立映画アーカイブで「日本の女性映画人(3)」の特集上映で、四分一節子監督の短編映画『雪渡り』と、山田火砂子監督の『エンジェルがとんだ日』が上映されるというので、見に行ってきた。
どちらの作品もおいそれとは見る機会がない作品だし、特に四分一節子監督は、筆者の同人本『日本の女性アニメ監督」3巻で取り上げる予定なので、見逃してはいけないなと思った。
ちなみに、「日本の女性アニメ監督」はBOOTHにて販売しています。
hotakasugi – BOOTH
ネットでも紙でも資料があまりない作品なので、鑑賞後の印象をできるだけ客観的に記しておきたい。
上映はどちらも35mmだった。プリントはとても綺麗で目立つ汚れも傷もなかった。
雪渡り(1994年)
四分一節子監督作品『雪渡り』は、宮沢賢治の同名の短編童話をアニメーション化したもの。上映時間は23分でカラー、製作はテレビ東京、プロデューサーにマジックバス所属の夫、出崎哲氏も名前を連ねていた。
とある雪が降り積もる集落に暮らす兄妹が、森の中に迷い込む。そこいは人の言葉を喋るきつねがいて、彼らを秘密の幻燈会に招待する。その幻燈会は12歳以下しか招待できないという。2人は、兄に渡された鏡餅を土産に幻燈会に出席。深い森を潜り抜けると、そこには白いシーツのスクリーンが貼られていて、多くの狐たちが踊り歌い、楽しんでいた。
幻燈会が始まった。フクロウの目が映写機代わりで、狐たちがイラストを描いたスライドを次々と写しては、面白話しを語って聞かせる。笑いあり、涙あり、ハラハラドキドキありの話が次々と繰り出され、狐たちは歌と踊りで喜びを表現している。
狐たちは、兄妹にきびだんごを差し出す。それを食べるか迷っている2人を狐たちは固唾を飲んで見守っている。やがて、それを食べた2人を見て狐たちはまた嬉しくなる。
「みなさん。今晩の幻燈はこれでおしまいです。今夜みなさんは深く心に留とめなければならないことがあります。それは狐のこしらえたものを賢かしこいすこしも酔わない人間のお子さんが喰べて下すったという事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄いままでの悪い評判をすっかり無くしてしまうだろうと思います。」
雪景色の背景は美しく、雪の結晶を入射光で光らせる演出が効果的。作画の安定感もあって、クオリティの高い映像だった。
声の出演は、林原めぐみ、水谷優子、伊倉一寿、亀井芳子、三木眞一郎、滝沢久美子。
原作の話を忠実に映像化している。「キックキックトントン、キックキックトントン。」のくだりは、狐が飛んだり跳ねたりしているところを、大きな満月を背景に描き、歌わせており、非常に幻想的でハイレベルな映像だった。作画は安定しているし、背景が美しい。
エンジェルがとんだ日(1995年)
福祉や障害を持つ人への理解を促進する目的で制作されていると思われる。物語は、重度の知的障害の長女と母と次女の生活を描く内容だ。上映時間は80分でカラー作品。アニメーション制作はイージーフィルム。製作は現代ぷろだくしょん。
ヒサコの産んだ女の子・ミキは他の子よりも発育が遅かった。そのことを不安に感じて病院で診てもらったりもしていたが、特に身体の異常はないと言われる。しかし、その後、重度の知的障害であることが判明する(映画の中では「知恵遅れ」という単語が用いられている)。
ミキとの生活は苦難の連続で、母は一度は心中することも考える。しかし、勇気が出ずに未遂に終わる。映画で描かれるのは、ミキが排泄も上手くできずに部屋の中でしてしまったり、食事が上手くできないことや、勝手にどこかに言ってしまうなど、母と娘の大変な生活が描かれる。
父親は戦場カメラマンで、ミキがまだ3歳くらいの時だろうか、海外の戦地に赴き命を落としてしまう。その後、妹のユウが生まれる。ユウは健常者で、姉とも親しくしているが、やはり苦労は絶えない。ある日、小学校の課題で育てていたトマトをミキがかじってしまい、ユウは泣きじゃくる。ミキに邪魔されることが苦しいという胸の内が随所に描かれる。
女手一つで2人の娘を育てる母は、喫茶店を開業、いつも夜遅くまで働き、一家を支えることになる。ミキはユウに言われてラーメンを作るのだが、それを母に褒められたことで料理に没頭するようになる。しかし、いつもキッチンと床を汚してしまって、怒られることになる。それでもミキは料理を止めない。次第にユウも母も怒りも褒めもせず放置する手段に出るとミキは料理をやめるようになった。怒られるのもミキにとっては、コミュニケーションであり、嬉しかったのだ。
物語は、そんな知的障害の子どもと生活する苦労を描く。給水塔から足を滑らせて九死に一生を得ることもある。その時、生死の境の中でミキは父親の夢を見る。父は世界は広いから見に行ってごらんを言い、ミキは夢の中で世界中を旅する。
大人になり、ユウは結婚。母とみきは再び2人暮らしとなり、かつて心中を試みた海を訪れる。あの時は死のうとしたけど、今は幸せだと母はかみしめるように言う。
あらすじを書きだすと非常にシビアな内容に感じるが、絵柄と演出は深刻すぎない方向に調整している。母親役の市原悦子の芝居の大らかな感じもあって、そこまで観ていて苦しい気持ちにならない。
知的障害への差別なども描かれるし、生活は大変だが、それを描くのは主目的ではなく、いつも笑顔でいるミキは心がキレイで周囲を幸せにしているのだと描かれている。タイトルにあるエンジェルは一家が飼っている白猫の名前だが(他に黒猫の野良猫が登場する。この2匹はいつも一家が幸せに過ごせるように見守っている)、ミキもまたエンジェルなのだと結論づけられる。知的障害をもったみきを演じるのは、坂本千夏だ。
「ノーマライゼーション」という言葉が出てきたり、普通小学校がみきの入学を拒むために、自主的に入学を辞退したという誓約書を書かせるなどの差別的待遇も描かれる通り、社会に対して障害者が置かれている現状などを伝えたいというメッセージ性の強さが出ている。
製作した現代ぷろだくしょんは、教育映画を多数作った会社のようだ。本作もその範疇に入るだろう。多くの寄付金を資金にして製作したようだ。
監督の山田火砂子さんは、ご自身も知的障害のある娘を持っている。ほかにも知的障害の子どもを描いた実写映画も作っている。以下の記事が参考になる。
「長女が生まれどん底に突き落とされた」50年前に知的障害のある娘を育てた母がミニスカートをはいた深い理由 | PRESIDENT WOMAN Online(プレジデント ウーマン オンライン) | “女性リーダーをつくる”
この記事を読んで作品を思い出すと、山田さんの実感がかなりこもった内容であることがよくわかる。作中の母親、ヒサコもミキのことを恥ずかしがらずによく外に出ていくし、苦労はするけど仲良くやっていて幸せな家庭として描いていた。
一応、DVDなども出たことがあるようだ。
アニメ「エンジェルがとんだ日」公式サイト
書籍版も発売されたことがあるようだ。