スイスで開催されるロカルノ国際映画祭が、2025年の回顧特集として「Great Expectations: British Post-War Cinema, 1945-1960」を発表した。本特集では、1945年から1960年にかけての戦後イギリス映画を取り上げる。
ロカルノ国際映画祭における回顧特集は、プログラムの中でも主要な位置を占め、多くの観客にとって人気の高い企画である。過去にはダグラス・サークの作品群や、昨年の「The Lady with the Torch」と題されたコロンビア・ピクチャーズ創立100周年記念特集などが実施されてきた。今回の特集は、ロカルノ国際映画祭がイギリス映画協会(BFI)ナショナル・アーカイブおよびスイス・シネマテークと提携し、スタジオカナルの協力のもとで開催される。
本特集のキュレーターを務めるのは、前回の回顧特集も担当した映画研究者のエフサン・コシュバフト氏である。彼は、本企画の選定基準について「イギリス国内を舞台とした映画に限定し、戦争映画やファンタジー映画を除外する。また、戦時中を扱った作品や、いわゆる『キッチン・シンク』と呼ばれるイギリス・ニューウェーブ作品も対象外とした」と語る。結果として、本特集は1945年から1960年のイギリスの人々、すなわち「ブリティッシュ・キャラクター」を映し出す内容となった。
戦後のイギリス映画の状況について、コシュバフト氏はハンフリー・ジェニングス監督の1945年のドキュメンタリー映画『A Diary for Timothy』を例に挙げる。同作は「これから何をすべきか?」という問いを投げかける作品であり、本特集はその問いへの答えを探る試みであるという。戦争の直接的な描写こそないものの、登場人物の会話や配給制、闇市場、爆撃跡など、作品のあらゆるフレームに戦争の影響が刻まれている。たとえば、ミュリエル・ボックス監督の『The Happy Family』は、1951年の「英国フェスティバル」に向けたサウスバンクの再開発を描き、戦後復興の一端を示している。
社会的リアリズムに偏った作品ばかりではない点も特徴である。むしろ、イギリスのスタジオシステムとジャンル映画の洗練された表現を示す作品が揃う。『The Happy Family』はコメディ映画であり、バジル・ディアデン監督の『Pool of London』やラルフ・トーマス監督の『The Clouded Yellow』などのクライム・スリラー作品も多く含まれる。また、ハマー・フィルムがホラー映画へと転向する前に制作したフランシス・サール監督の『Whispering Smith Hits London』は、4Kレストア版の世界初上映が予定されている。
作品選定の割合について、コシュバフト氏は「3分の1は『Passport to Pimlico』のような名作、3分の1は著名な監督のあまり知られていない作品、例えばアレクサンダー・マッケンドリックの『Mandy』(1953)など。そして残りの3分の1は、イギリスの小規模ながら巧みに作られたB級映画で構成されている」と説明する。
本特集では子供が重要なテーマの一つとなっている。チャールズ・クリクトン監督の『Hunted』は、1953年のロカルノ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した作品であり、戦後の廃墟の中で育つ子供の姿を描く。また、パウエル&プレスバーガー監督の『I Know Where I’m Going!』も、少女の旅を通してイギリスの北と南の関係を浮かび上がらせる。こうした作品群には、子供たちがより良い未来を求めて旅をするという共通のテーマが流れている。
興味深いのは、これらの作品の多くがイギリス出身の監督によるものではない点である。戦後のイギリス映画界には、中央・東ヨーロッパからの移民監督や、ハリウッドのブラックリストを逃れてイギリスに渡ったアメリカ人監督が関わっていた。例えば、本特集ではエドワード・ドミトリク監督の『Obsession』も上映される。
特集の締めくくりには、マイケル・パウエル監督の『Peeping Tom』が選ばれた。同作は公開当時、イギリスの評論家から極端な非難を浴びた作品である。コシュバフト氏は「イギリス映画界には、スタジオ映画を『品のないもの』として一蹴する傾向があった。これは他国には見られない現象だ」と指摘する。『Peeping Tom』は、イギリス映画のある種の終焉を象徴する作品であり、ボールティング兄弟、シドニー・ギリアット&フランク・ロンダー、ミュリエル&シドニー・ボックスといったコラボレーションの時代が終わりを迎える節目でもあるという。
本特集は、イギリス映画協会(BFI)の協力のもとで実施され、多くの上映作品のプリントはBFIナショナル・アーカイブから提供される。また、特集に関連した書籍も刊行予定であり、新たに書き下ろされたエッセイや、BFIのコレクションからのスチル写真が掲載される。
2025年のロカルノ国際映画祭は、8月6日から16日にかけて開催される予定。
公式サイト:Locarno Film Festival
ソース:https://variety.com/2025/film/global/locarno-film-festival-retrospective-1236333009/