映画制作の新たな拠点として、アイルランドが注目を集めている。3月11日、SXSWに登壇したアイルランド首相は、同国の手厚い税制優遇措置と豊かな自然環境をアピール。最大32%の税額控除に加え、前払い制度やヨーロッパ作品認定など、アイルランドでの映画制作は多くのメリットがあると語ったとdeadlineが報じている。リチャード・リンクレイター監督の新作『Blue Moon』をはじめ、多くのアメリカ映画がアイルランドで撮影されているという。
3月11日、アイルランドの首相(An Taoiseach)ミホル・マーティンが、映画制作会社CineticのCEOジョン・スロス、映画『The Astronaut』の監督ジェス・ヴァーリー、アイルランドのプロデューサーであるトリスタン・オーデン・リンチと共に、米国テキサス州オースティンで開催されたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に登壇。アイルランドの美しい風景だけでなく、同国の競争力のある税制優遇措置について語った。
アイルランドの映画・TV制作に対する税制優遇措置「Section 481」は、現在、対象となるアイルランド国内での支出に対し最大32%の税額控除を提供している。この優遇措置は、作品の予算の80%を基準として算出される。さらに、2000万ユーロ以下の作品については、税額控除率が40%に引き上げられる予定だ。
特筆すべきは、この税額控除が最大90%まで前払いされる点である。通常、ニューヨークなどでは税額控除の払い戻しまでに3~4年かかるが、アイルランドでは撮影やポストプロダクションを国内で行った場合、最終的な10%も作品の納品後に支払われる。リンチは、SXSWのセッション「Through the Green Lens」において、「このような制度は他にない」と強調した。
スロスは、リチャード・リンクレイター監督の新作『Blue Moon』をアイルランドで撮影。同作は、1943年3月31日のニューヨークのレストラン「サーディーズ」を再現したセットで撮影された。彼は、税制優遇措置が保証されない場合、制作資金を前借りするのが難しくなることを指摘し、「この90%の前払いは絶対に必要だった」と語った。
『Blue Moon』はソニー・ピクチャーズ・クラシックスが世界配給権を取得し、主演にはイーサン・ホーク、マーガレット・クアリー、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・スコットが名を連ねる。アイルランド出身のスコットの起用や、作品の主要スタッフがアイルランド人であることから、文化的要件を満たし税制優遇措置の対象となった。
スロスは1993年にもジョン・セイルズ監督の『The Secret of Roan Inish』をアイルランドで撮影しており、同国での制作経験が豊富だ。
リンチは、アイルランドで制作された作品は自動的に「ヨーロッパ作品」として認定されるため、欧州の配給・放送会社が権利獲得に積極的になるメリットがあると指摘。「市場価値が高まる」と述べた。
ヴァーリーの『The Astronaut』は、米国バージニア州が舞台の作品だが、アイルランドの税制優遇措置を活用することで、国内での撮影が可能となった。アイルランドの国立森林がバージニアの森の代わりとなり、孤立した環境を演出。さらに、ブレイ港では宇宙カプセルが海に落ちるシーンを撮影するため、アイルランドの美術チームが発泡スチロール製のカプセルを作成するなど、創造的な工夫が凝らされた。プロデューサーのブラッド・フラーはアイルランドでの制作を高く評価し、クリストファー・ランドン監督のブラムハウス作品『Drop』の撮影地としても選定した。
今年のSXSWでは、アイルランドで撮影された6作品が上映された。『Drop』『The Astronaut』『Mix Tape』のほか、ニコラス・ケイジ主演の『The Surfer』、スリラー映画『Hallow Road』、アニメーション短編『Retirement Plan』が含まれる。
アイルランドの国営映画機関「Screen Ireland」によると、2021年から2024年の間に、同機関は1万2000件以上のスキル開発プログラムを支援し、アイルランドの映像産業に1億2000万ユーロ以上を投資した。この期間中、116本の長編映画、64本のテレビシリーズ、120本の短編映画の制作が支援されたという。