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『敵』レビュー:吉田大八監督が挑む老年の精神世界 – 『パプリカ』に通じる白昼夢的映像美


吉田大八監督の『敵』を見た。とても不思議な作品である。筒井康隆の原作だし、不思議ななのは当然とも言えるが。その不思議さの魅力をきちんと映像に定着させていて素晴らしかった。

主人公はフランス近代演劇史を専門とする元大学教授。日本家屋に一人暮らしで丁寧な生活を心がけている。まず、執拗なまでに丹念に描かれるのは、彼の食生活のルーティンだ。何度も反復して料理と食事のシーンが描かれる。とにかく、色々ときっちりとしている。
仕事は細々と続いているが、いつ途切れるかわからない。たまに元教え子が自宅にやってくることもあるが、基本的には一人の生活を続けている。何も起こらない日常だが、健康状態や若い学生にバーで出会ったりとそれなりに起伏がある。

年を取ることを恥じているわけではなさそうだ。普通に自分が年寄りであることは自覚している。しかし、それでも異性に対する欲望がある。元教え子しかり、バーの女子大生しかり。しかし、それは妄想に留まるあたり、きちんとした人間ではある。

しかし、ある日、妙なメールが届いて以来、様子がおかしくなる。「敵がやって来る」と告げる奇妙なメッセージは、出来の悪い陰謀論のようだ。それ以来、主人公は現実と夢・妄想が入り乱れた世界に生きることになっていく。

現実と虚構の入り乱れた世界を描くのは、本作の原作者・筒井康隆の得意とするところだ。今敏が監督した『パプリカ』なども夢に入り込める主人公の現実と虚構が入り乱れる物語だが、この作品は老年の人間の精神状態をそのままに映像化してみたような、そんなう雰囲気だ。モノクロであることも、白日夢的な雰囲気を作るのに貢献している。

主演の長塚京三は確かに素晴らしい。老人の見せたくない部分を赤裸々に見せても、威厳や尊厳を失わない佇まいを見せてくれる。元妻の幻影として現れる黒沢あすか、バーの女子大生の河合優実、元教え子の瀧内久美と3人の女優もそれぞれ素晴らしかった。

吉田大八監督は、これまでも優秀な作品を作ってきた方なのだけど、これは今までの作品よりも拡張高さにおいて、一つ抜けた感がある。今後、世界的に飛躍することを期待したい。

公式サイト:敵がやって来る

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