良作の予感がする第一話だった。空気感がやさしくて良い。落ち着いて見られる。
NHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』第1話は、病とともに生きるひとりの女性が、静かに、しかし確実に他者との関係を結び直していく過程を描いた優れた導入回だった。
主人公の麦巻さとこ(桜井ユキ)は38歳の独身女性。経理として週4日だけ働くパート勤務で、職場の人間にはその生活の内実をいぶかしがられている。実際、彼女はシェーグレン症候群という自己免疫疾患を抱えており、疲労感や微熱、風邪への脆弱さに日々悩まされている。彼女の暮らしは、言葉通り「しあわせを食べて寝て待つ」だけのものではなく、日々をやり過ごすだけで精一杯のものだ。冒頭のオフィスのシーンでは、きっちりと定時に退社し、帰りのバスで疲れ果てている様子が印象的だ。帰宅後はすぐベッドへ。味気ない一人暮らしの部屋で、心身ともにギリギリの生活が続く。
そんな彼女に転機が訪れるのは、家賃の問題で団地への引っ越しを考え始めてからである。内見に訪れた団地で出会うのが、強烈な個性を放つ大家・美山鈴(加賀まりこ)である。大根を丸かじりして勧めてくる美山は、さとこの体調の不調すら一瞥で見抜く。しかも、実際にその大根を齧ったことでさとこの頭痛は治まったのだ。しかも、彼女の息子(?)である羽白司(宮沢氷魚)は薬膳に通じており、干し杏やスープといった食材でのセルフケアをおすすめしてくる。司は独学の素人だというが、薬膳の知識が豊富だ。
ドラマが見事なのは、「食」を単なる健康法としてではなく、他者との関係性のなかで機能する媒介として描いている点にある。大根を差し出す美山、スープを手渡す司、干し杏を勧める場面のいずれもが、病を抱えるさとこにとって「食」が希望の入り口になる瞬間だ。
かつての職場で、病気による短時間勤務を理由にいじめを受けたさとこは、自己肯定感をすっかり失っていた。「ちゃんと働けない自分」「普通に生きられない自分」に対する悔しさと諦念が、彼女の背中を常に重くしている。だが、薬膳という知識と出会い、それを生活に取り入れていくなかで、「食べて生きる」ことへの手応えが少しずつ戻ってくるかもしれないと彼女は感じる。そもそも、かかりつけの医者に「食事に気をつけて、普通に生活して」と言われていたさとこだが、お世辞にもきちんとした食生活をしていたとはいえない。そんな状態で、スープ一杯、干し杏ひとつで、自分の身体が軽くなったように感じられる。それらが小さな癒しと繋がりの種となって、彼女の新たな生活を照らし出すのだ。
引っ越し先の団地で、さとこは司に「これからいろいろ教えてほしい」と告げる。自分が病気とともに生きること、そしてそのために薬膳が必要だと気づいたからだ。しかし、司は「病人に対して責任は持てない」と突き放す。あくまで司は素人だからその対応はしょうがない。ここから、さとこは自ら薬膳を学んでいく展開になるのだろうか。
この第1話は、さとこの再出発の物語としてはもちろん、「しあわせ」という言葉を今の時代にどう捉えるかという問いをも含んでいる。物質的な豊かさではなく、他者との距離感、日々の食事、そして自分を労わること。それらがすべて「しあわせ」につながっているという静かなメッセージが、胸に残る。
病とともにある人生は、孤独であり、つらい。しかしその中にも、食べることを通して、ささやかな幸福は確かに存在していると実感させてくれる内容だった。本作のタイトル『しあわせは食べて寝て待て』は、その事実を改めて私たちに思い出させてくれる。今後の展開にも期待が高まる好スタートである。
登場人物
麦巻さとこ(桜井ユキ)
羽白司(宮沢氷魚)
美山鈴(加賀まりこ)
唐圭一郎(福士誠治)
青葉乙女(田畑智子)
マシコヒロキ(中山雄斗)
巴沢(ともえざわ) 千春(奥山 葵)
反橋りく(北乃きい)
八つ頭仁志(西山潤)
高麗なつき(土居志央梨)
目白弓(中山ひなの)
麦巻惠子(朝加真由美)