世界経済は今、数十年ぶりの不安定な局面に突入している。広範囲にわたる関税の発動、株式市場の急落、そして深刻な景気後退への懸念が広がるなか、ハリウッドとて例外ではない。広告から配信、映画館、ライセンス事業に至るまで、エンターテインメント業界全体に波及する影響が予想されている。
KPMG米国のメディア業界リーダーであるスコット・パーディ氏は、「関税はハリウッドにとってのクリフハンガーだ。スタジオも消費者も支出を抑えることを余儀なくされ、広告費やコンテンツ制作費の削減が業界成長を妨げる可能性がある」と分析。「ストリームフレーション(配信インフレ)」の再燃により、サブスク解約や映画鑑賞、テーマパーク訪問、ライブイベントの減少が進むという。
Hollywood Reporterは、現在の経済状況がエンタメ業界に与える具体的な影響を8つの観点から整理している。
1. 広告市場の不透明化
YouTube、Netflix、ディズニー、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーなど、すべてのエンタメ企業が広告ビジネスを展開している。しかし景気後退が本格化すれば、広告予算は真っ先に削減される。特に、今後数週間で予定されているアドバタイザーとの「アップフロント交渉」に暗雲が立ち込めている。
消費財メーカーや小売業者は関税の直接的な打撃を受け、広告出稿を見直す可能性が高い。また、AppleやAmazon、Metaなどのテック企業も輸入コストやEC事業への影響により支出抑制を強いられる。旅行業界も同様だ。
市場全体に不透明感が広がる中、広告収入の減少は不可避とみられる。
2. 配信サービス──ブームかバストか
広告不況により配信ビジネスも打撃を受けるが、一方で不況下では「コスパの良い娯楽」としてサブスクが再評価される可能性もある。新型コロナ初期のように、NetflixやDisney+のようなサービスは「手頃な価格で無限に楽しめる」選択肢となり得る。
ただし、契約・解約が容易なサブスクでは「チャーン率(解約率)」が上昇する恐れもある。消費者が新しいコンテンツを求めてサービスを乗り換える傾向が強まる中、ユーザーの定着が難しくなるだろう。
一方、Tubi(Fox)やPluto(Paramount)などの無料広告型配信(FAST)は、低コストを重視する層の流入により視聴者数の増加が期待される。
3. コンテンツ制作の縮小
制作費の抑制は避けられないが、特に削減の対象となるのはエンタメ系番組である。というのも、スポーツ放映権料は契約により固定されており、コストを下げる余地がほとんどないからだ。
例えばNBCは、NBAの放映権に今後11年間で年間約24.5億ドルを支払う契約を結んでおり、制作費も含めればさらに巨額となる。結果として、脚本付きのドラマや映画よりも、低コストのリアリティ番組やバラエティ番組への依存が進むと予想される。
4. 体験型ビジネスの減速
コロナ禍明けに盛り上がりを見せたライブイベントやテーマパークも、景気後退局面では「ぜいたく品」として敬遠される可能性が高い。コンサートや旅行、ディズニーランドのような高額なレジャーは家計の見直し対象になりやすい。
ディズニーCEOのボブ・アイガー氏は、クルーズ船や新アトラクションの建設に必要な鋼材などのコスト高にも懸念を示しており、今後は割引チケットやプロモーションが増える見込みだ。
5. ライセンス収入の減少
玩具、ゲーム、アパレルなどへのIPライセンスは、リスクの少ない利益源として重宝されてきた。しかし、製造業者がコスト増や売上減に直面する中、ライセンス契約の打ち切りや縮小が相次ぐ可能性がある。
すでにマテル社やハズブロ社の株価はそれぞれ14%、11%下落しており、物販系のライセンス収入に暗雲が立ち込めている。ディズニーではライセンスが売上の5%ながら、営業利益の13%を占める高利益分野であるだけに、影響は小さくない。
6. 映画館は勝者か敗者か
景気後退期における映画館の存在は、一概に悲観できない。2008年の金融危機時には興行収入の減少はわずか0.3%で、翌年には10%増加。過去の不況時も映画業界は一定の耐性を示してきた。
高額なコンサートや旅行を避ける代わりに、手頃な価格で非日常を味わえる映画鑑賞が選ばれる可能性はある。ただし、近年ではIMAXや4DXといったプレミアムフォーマットの普及により、映画鑑賞費用が上昇傾向にある。
今後は割引チケットやキャンペーンの増加も予想され、映画館の戦略が問われる。
7. フィジカルメディアへの悲観論
テレビやゲーム機などのハードウェアも、関税の影響を受けて価格が上昇する見通しだ。Roku、Apple TV、Amazon Fireなどのストリーミング端末は広告モデルに依存しているが、広告減収と価格上昇の板挟みに直面する。
任天堂は「市場状況と関税の影響」を理由に、Switch 2の予約開始を延期した。ゲーム機や周辺機器は高価格帯商品であり、消費者の購買意欲が冷え込めば業界全体に逆風となる。
8. M&A・IPOの停滞
株式市場の混乱により、企業買収(M&A)や新規株式公開(IPO)の動きも鈍化している。StubHubはIPOを一時停止し、TikTokの売却交渉も政治的な思惑で不透明感を増している。
ボストン・コンサルティング・グループのデータによれば、不況期には企業評価の算定が困難となり、M&Aが減少する傾向にある。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーのように、株価が1か月で30%下落する企業を売却する判断は容易ではない。