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【レビュー】NHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』第8話 ――「普通のご飯が一番美味しい」と言える場所が幸せな場所


麦巻さとこ(桜井ユキ)が美山鈴(加賀まりこ)の部屋を正式に譲り受けるまでの道のりは、法律や権利では語れない“生活の文脈”に彩られていた。第8話では、団地という小さな社会の中での葛藤と承認、そして家族という避けがたい関係性が丁寧に描かれた。

物語の起点となったのは、美山の娘が現れたことで浮かび上がった「譲渡の真実」である。さとこに部屋を譲るという話を「聞いていない」と言う娘に対し、美山は自ら一筆を書き、約束の証を記す。これにより、さとこはようやく“住まうこと”の安心を手にする。しかし、団地会長から語られる「建て替えには2000万円かかる」という現実が、安堵の中にも影を落とす。

一方で、母・麦巻惠子(朝加真由美)との再会は、さとこにとって苦いものだった。脂っこい料理を並べ、「治せる病気でしょ」と語る母に、さとこは呆れと怒りを抱える。理解の届かない愛情が、時に人を最も傷つける。だが、やがてさとこは、母が持ってきた料理が幼い頃に自分の好物だったことを思い出す。母の不器用な愛に気づいた瞬間、さとこは何も言わず、母が忘れていったスマートフォンをそっと玄関に置いて帰る。その背中には、赦しと感謝がにじんでいた。

さとこの世界を支えるもう一人の存在が、羽白司(宮沢氷魚)である。彼は美山の娘から金銭での“依頼”を突き返し、無言でその申し出を拒否する。その姿勢は、誠実さと共に、何かしらの決意をはらんでいた。そして、最終的に彼は「立鳥、跡を濁さず」と言い残し、団地を出て山へ向かうことを選ぶ。さとこにとって大切な存在である彼の旅立ちは寂しさを伴うが、その分だけ彼女の「自立」が確かなものとなっていく。

うずらさんとの会食は、さとこにとって未来を考える時間でもあった。多趣味で創造的なうずらさんの暮らしは、同じ“ひとり”であっても、自分次第で豊かになり得るという希望を示す。母に感じていた苛立ちも、こうした多様な価値観との出会いによって次第に和らいでいく。

「普通のご飯が一番美味しい」という台詞に象徴されるように、第8話は“さりげない日常の尊さ”が主題となっていた。美山が貼った譲渡証明書と、早朝に炊かれたあずきがゆ。それらが、この場所でともに生きるという新たな決意の証となっていた。

誰かと食べる温かいご飯。それが、人生を前に進める力になる。さとこが団地に「住むこと」を選んだ意味が、ようやくこの回でしっかりと根を下ろした。今はまだ不安定でも、さとこにとってこの場所は、かけがえのない“居場所”になっているのだ。

登場人物
麦巻さとこ(桜井ユキ)
羽白司(宮沢氷魚)
美山鈴(加賀まりこ)
唐圭一郎(福士誠治)
青葉乙女(田畑智子)
マシコヒロキ(中山雄斗)
巴沢(ともえざわ) 千春(奥山 葵)
反橋りく(北乃きい)
八つ頭仁志(西山潤)
高麗なつき(土居志央梨)
目白弓(中山ひなの)
麦巻惠子(朝加真由美)