映画ライターのヒナタカです。杉本穂高さんのWEBサイト「Film Goes with Net」にて、月イチの連載をすることになりました。
先週の投票で決まった映画は『かくかくしかじか』。本作について前半ネタバレなし、後半ネタバレありでレビューをしましょう。
【アンケート】某媒体で、かつての自分のブログのような、前半ネタバレなし、後半ネタバレありのレビューを月イチで連載することになりました。そこで、毎回扱う作品のアンケートを取ろうと思います。第1回でレビューする映画(ドラマ)はどれがいいですか?(どれでも俺がたぶん困るラインアップ!)
— ヒナタカ@映画 (@HinatakaJeF) May 21, 2025
【個人的お気に入り度:6/10☆☆☆☆☆☆★★★★】
本作についてはこちらの記事も書いたので参照してください↓
この記事ではけっこう褒めており、実際に良い映画だと思うんですが、ここでは個人的な「苦手」なポイントも含めて振り返っておきます。
目次
「原作者が映画化にガッツリと関わるとこうなる」レポート漫画も面白い
『かくかくしかじか』の原作は2012年〜2015年に連載された自伝的漫画で、つまりは「実話もの」。まず、原作者の東村アキコさんが「面白い人」というイメージが強いですよね。個人的なおすすめは子育て漫画の『ママはテンパリスト』で、息子を育てる上でのはちゃめちゃなエピソードには大いに笑わせてもらいました。
『ママはテンパリスト』を含めた「シニカルな自虐込みのギャグ」は東村作品の特徴のひとつで、漫画雑誌『ココハナ』6月号掲載の、東村さんによる『かくかくしかじか』映画制作レポート漫画も興味深い……というより「原作者が映画制作にガッツリと関わっての悪戦苦闘ぶり」がめちゃくちゃ面白かったです。
原作者と映像化作品についての問題が取り上げられる今、その理想(とそれだけじゃない苦労)を窺い知るためにも読んで見ていいでしょう。漫画にも映画にも全力で取り組もうとする東村さんはカッコいいですよ。
好きじゃないところも正直あるけど……
上の記事でも書きましたが、物語の主軸は「どうしてあの時にああできなかったんだろう」という後悔であり、非常に感情移入しやすいもの。普遍的な人生訓として響く内容で、キャスティングも、美術も、構成も、実写映像化作品としてこれ以上は望めないじゃないか…!で終わりにしてもいいのですが、それはそれとして、好きじゃないところもあるなあというのも正直なところでした。
その好きになれない具体的なポイントはネタバレになるので後述するとして、全体的には「恩師だけど体罰教師」である「日高先生」を「やや美化しているようにも見える」のはやはり引っかかるところ。もちろん劇中でもめちゃくちゃな振る舞いが批判されているし、ギャグにもしていて重くもならない、これ以上はないだろうと思えるバランスではあるんですが、それでも「もにょっ」とするんですよ。
確かに主人公にとっては人生を変える大きな要因になった、心から感謝していることも、素直でチャーミングな面もあることもわかるんだけど、個人的にはトータルで「こんな先生には感謝したくないな」になってしまったっていう……ここばっかりは、個人的な好みによるものなのでしょうがないですね。
また、絵を描くノウハウはこの映画ではほぼ学べないと思いますし、その後の漫画制作にまつわる苦労があまり伝わってこないのも欠点ではあるかなと(主人公の社会人生活の大変さはわかるけど)。原作漫画ではそのあたりが東村さんの「怨念」と共にしっかり表れている印象で、特に「少女漫画を描き上げる全肯定」を説明するくだりは、漫画家を志す人全員が読んでおけばいいと思います。
これでもナーフされている日高先生の傍若無人っぷり
おおむね原作に忠実かつ、エピソードの取捨選択も的確な映像化作品といえますが、それでも原作との違いとしてあげられるのは、日高先生の傍若無人っぷりが、これでも原作からちょっとナーフ(弱体化)されていること。特に、原作での手のひらで顔を掴む「アイアンクロー」という技は映画では完全にオミット。残念っちゃ残念ですが、まあこれは正解でしょう。
その日高先生の嫌悪感を和らげるのが何しろ大泉洋というわけですが、さすがに日本映画界がこの手のキャラクターを大泉洋に任せすぎではと思うところもありますね……(だからこそ2年先までスケジュールがいっぱいだったわけだろうし)。でもこの役を大泉洋以外では考えられない……ってなるので、やはりすごいですよ大泉洋は。
その他でも気になった原作からの改変もあるんですが、それはややネタバレなので後述しましょう。
永野芽郁が演じてきた役は「清純派」だけでもない
そして、本作の話題で避けられないのは、主演の永野芽郁の不倫報道。でも上の記事で書いたように、劇中の「最低の教え子だと自覚する主人公」が、「現実の永野芽郁のこととリンクする」ことも含めて、自分は楽しむことができました(意地悪な見方だろうけど)。
また、今回の不倫報道に大バッシングと降板ラッシュは、永野芽郁のイメージが「清純派」であるから……という意見もありますが、いやいや彼女は、そもそも清純派とは真逆の役も扮していましたよ、ということは主張しておきたいところ。
それは同名マンガを原作とした映画『マイ・ブロークン・マリコ』。こちらの永野芽郁はブラック企業に勤めつつはっきりと上司に文句も言うばかりか、親友を虐待していた父親からその遺骨を強奪し、そして「感情のまま泣き叫んだりする」かなりの激情家。これまでの可憐だったり真面目な印象をぶち壊すかのような、「やさぐれ具合」が強烈で、かつハマっていました。
現実のことを抜きにして、全く別の印象の役も演じられる方なので、「清純派」のイメージを彼女に抱きすぎるのも極端なのかもしれません。今後しばらくは永野芽郁出演のドラマや映画の新作は見られそうもない……ので、放送中のドラマ『キャスター』と、この映画『かくかくしかじか』を見て、作品として楽しむのはもちろん、永野芽郁という俳優のことをいろいろと考えてみるのも、悪いことではないと思いますよ。
さてさて、ここからはネタバレありで、気になったことを書きます。やや批判的な内容となっています。ご了承ください。
↓以下、映画および漫画『かくかくしかじか』のネタバレに触れています。
【ネタバレ】良い意味で都合の良い改変ポイント
これは皮肉でなく褒めているのですが、今回の映画では原作からの「都合の良い改変」といえるポイントがあります。
その1つが、試験に落ちた主人公・明子が「高校生なのに日高先生にビールを勧められる」くだり。原作では明子は「一口だけ飲んでいる」んですけど、「映画では一口も飲めなかった」となっているんですよ。まあ「さすがに映像化作品で未成年飲酒はあかんでしょ…!」という「調整」だと納得できますよね。
それよりも大きい改変は、「大学で出会った彼氏の西村くん(神尾楓珠)」の顛末。原作では大阪で就職した彼と一緒にLDK8万円のマンションに住んだり、さらには「いつの間にか西村くんのことをほったらかし」「頭がおかしくなっている私はすぐに新しい彼氏を作って、あっというまに結婚して出産してあっという間に離婚した」という爆弾発言がさらっと示されるんだけど、映画では「遠距離恋愛の末に自然消滅」というさらにフワッとした別れ方に。
いや、こちらも幅広い層が微妙な気持ちにならないための措置として納得できるんですけど、盛大な歴史改変っぷりに苦笑いをしてしまいました。自然消滅っていうのが、普通の劇映画にはなかなかない、リアルな顛末だなあと思ったら、そこが思いっきりフィクションだとは……!
【ネタバレ】どうしても受け入れられなかったポイント
個人的にどうしても受け入れられなかったのは、親友の北見が「腕が長くてチンパンジーみたい」だからと、日高先生に「チンパン子」というひどいあだ名を付けられるくだり。
その時点ではまだ明子から「最っ低!」と批判されているんだけど、その後に北見が時間がなくてリンゴとバナナを昼ごはんにしていたとわかった時にも日高先生はチンパンジーのご飯だとバカにして笑い、周りもつられて笑ってしまうんだけど……これを「あんなに笑う先生」として、まさに美化しているような落とし所なのにものすごく引っかかったんですよね。
確かに「もうこうなったら周りも笑ってしまう」のもわかるんだけど、この一連の流れを「日高先生の笑顔」とい「良さげ」に帰結させてしまうのはいかがなものかな、と。ここは原作にもあるくだりなのですが、オミットするか別の描き方のほうが良かったと思うのです。
【ネタバレ】映画ならではのラストに納得
実話がそうなのだから、言っても仕方がない部分ではあるのですが、やはり日高先生が最後にガンにかかって亡くなってしまうというのが、個人的には「好きではない話」でした。もちろん、だからこそ、恩師が亡くなる前に何もしてあげられなかったという「後悔」の物語としてまとまっているし、それは東村さんが実際に経験したことなので、そこをしっかり描くことこそに意義がある作品でしょう。
それでも、個人的には、後悔だけでなく、それでも主人公が「何かをしてあげられた」話も見たかった、というのも正直なところだったのです。
しかし、日高先生が死の間際になっても「描け」と言い続けていたことは確かに尊く思えますし、それを受け取った生徒たちには確かに残るものがあるはず。そして、「海辺で死んだはずの日高先生と語らう」というファンタジーでもあり幻想でもある、映画ならではのラストを用意させたことには納得できました。
悪い言い方をすれば、これは東村さんが抱えていた後悔に向き合うための、自己満足の物語でもあるのでしょう。しかし、やはり同時に現状でできる、日高先生への恩返しとも取れます。それは同じように大切な誰かに何もできなかった後悔を抱えた人にとって、福音となるのかもしれません。

映画ライター。WEB媒体「All About ニュース」「マグミクス」「ねとらぼ」「女子SPA!」「NiEW(ニュー)」、紙媒体「月刊総務」などで記事を執筆中。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。ご依頼・ご連絡はhinataku64_ibook@icloud.comまで。