映画『国宝』を見た。確かにこれはすごい。画面に凄みがある。
重厚なメロドラマで、日本の伝統芸能の、美しさと残酷さがないまぜにあり、何かを追い求める人の抱える業が描かれている。
こういう映画が大ヒットし、なおかつ多くの人に高く評価されているのは、とても喜ばしい。
役者の力がすごいし、フランス人撮影監督ソフィアン・エル・ファニの一般的な日本映画とは異なるルックもいい方向に作用している。かなり長い原作をメインの2人の関係に的を絞って描くことで濃密を失わなかった。
日本の伝統の、シンプルなメロドラマ
物語は血の呪いをめぐる物語といっていい。歌舞伎一門に生まれたものは歌舞伎役者になることを宿命づけられる。吉沢亮演じる喜久雄は、やくざの息子であるがゆえに認められることはないかと思われたが、血の宿命を覆す決断を師匠・花井半二郎がしたことで、喜久雄と横浜流星演じる花井半弥の運命がくるっていき、浮き沈みの激しい人生をおくることとなる。
初の大役舞台の前に震えが止まらない喜久雄が、半弥に「俊ぼんの血が欲しい」というシーンがある。半弥はそれに対して「お前には芸がある」というわけだが、血と芸の対立は物語の根幹をなし、二人の人生をかき乱していく。「歌舞伎役者の血があれば」と苦しむ喜久雄に対して、歌舞伎役者の血ゆえに苦しむ半弥の対立のドラマが見ごたえある芝居でつづられていく。
構図はシンプルだが、深度が圧倒的だ。その深度を作っているのが役者の芝居の説得力。これ以上ないくらいに人を引き込む芝居が見られる作品で、李相日監督はよくぞ引き出したと思う。
俳優・吉沢亮の凄み
とにかく吉沢亮が突き抜けた芝居を見せた。彼のベストアクトであることは間違いない。女形の驚異的な演技といえば、『さらば、わが愛/覇王別姫』のレスリー・チャンを思い出す世代なのだが、吉沢亮の凄みはあの地点に手をかけていたのではないかとすら思った。
公式パンフレットによると、1年以上稽古期間があったそうだが、吉沢亮は、「どこまでも稽古を積んでも足りないと感じてしまう」と答えている。
この役を本職の歌舞伎俳優にやらせるつもりはなかったと李監督は同パンフレットで答えているのだが、それがかえって良かったのかもしれないと、吉沢亮の答えを読んで思った。
たぶん、喜久雄も歌舞伎役者の血を持っていないが故に、「どこまで稽古を積んでも足りない」といつも感じていたんじゃないか。なぜなら、自分には血が足りないから。
横浜流星もすごい
もちろん、他の役者もすごいパフォーマンスを見せつけてくる。横浜流星も吉沢亮に負けず劣らずすごいし、歌舞伎の血をめぐる物語に寺島しのぶが出ているのもすごい。
中でも田中泯は驚くべきパフォーマンスを見せてくれる。手招き一つで人を震え上がらせるような芝居だ。あれを見るだけで映画館に行く価値があると思う。
本作はアニメで有名なアニプレックスの子会社、ミリアゴンスタジオが製作幹事なのが面白い。2023年にできたばかりの会社だが、アニメで培ったグローバルマインドを持った会社だと思う。明らかにこれは世界マーケットを見据えて作られている。こういう企画・プロデュース会社が日本に出てきたことが本当に喜ばしいことだ。ミリアゴンスタジオの今後は注目していきたい。