フランスの巨匠フランソワ・オゾン監督が、20世紀文学の金字塔であるアルベール・カミュの『異邦人』を映画化し、現在開催中のヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映された。オゾン監督は、1940年代のフランス植民地主義下のアルジェリアを舞台にしたこの不朽の名作を、現代の視点から大胆に再解釈し、新たな命を吹き込んだ。
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80年来の文学的傑作に新たな視点を
アルベール・カミュの『異邦人』は、発表から80年以上にわたり世界中で読まれ続けるフランス文学の至宝である。フランソワ・オゾン監督は、この偉大な小説の映画化にあたり、物語を現代に置き換えるのではなく、1940年代という時代背景を今日の視点から見つめ直し、文脈化することに重点を置いた。
監督は海外メディア『Variety』のインタビューに対し、「1940年代の視点で映画を作るのではなく、我々がフランス領アルジェリアや植民地主義という時代から得た距離感、つまり今日の視点で映画を作りたかった」と、その製作意図を明らかにしている。
植民地主義の文脈を浮き彫りにする脚色
物語は、アルジェで暮らす主人公ムルソー(バンジャマン・ヴォワザン)が、眩しい太陽の下でアラブ人男性を射殺し、裁判にかけられるまでを描く。彼の裁判では、殺人そのものよりも、母親の葬儀で涙を流さなかったことなど、社会の常識から外れた彼の無関心な態度が問題視されていく。
オゾン監督は、原作の背景にある植民地主義の問題をより明確に描き出すため、いくつかの重要な脚色を加えた。特に、原作では名前が与えられていない被害者のアラブ人青年に名前を与えたことは、大きな変更点である。
さらに、原作には登場しないアラブ人青年の姉「ジャミラ」というキャラクターを創出し、主人公の恋人マリー(レベッカ・マルデール)と対峙させることで、当時見えにくくされていたフランス人入植者と現地アラブ人との間の緊張関係を浮き彫りにしている。
主演バンジャマン・ヴォワザンが体現する「不条理」な主人公
主人公ムルソーを演じるのは、『Summer of 85』でもオゾン監督とタッグを組んだ若手実力派俳優のバンジャマン・ヴォワザンだ。感情を表に出さず、社会のルールから逸脱したムルソーは、共感しがたいアンチヒーローである。
オゾン監督は、「我々が彼を追いかけ、見つめ、魅了されるためには、カリスマ性と美しさを備えた俳優が必要だった」とキャスティングの理由を語る。普段は非常に外向的だというヴォワザンは、内向的なムルソーを演じるにあたり、ロベール・ブレッソンの著書を読むなど徹底した役作りでこの難役に挑んだ。
モノクロ映像が映し出す官能性と失われた世界
本作は全編が美しいモノクロームで撮影されている。この選択についてオゾン監督は、美的・芸術的な理由と製作上の理由があったと説明する。「モノクロは、今はもう存在しない植民地時代という失われた世界観を表現するのに効果的だった。また、現実の風景の色を統一し、時代考証をよりリアルに近づけることを可能にした」と語る。
このモノクロ映像は、原作に描かれる地中海の太陽、海、自然といった官能的な要素を際立たせる効果ももたらしている。
58年の時を経て、再びヴェネツィアの地へ
オゾン監督がヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品するのは、同じくモノクロの時代劇であった『婚約者の友人』以来9年ぶりとなる。
奇しくも、58年前の1967年には、ルキノ・ヴィスコンティ監督、マルチェロ・マストロヤンニ主演による『異邦人』も同映画祭で上映されている。文学史に残る傑作が、時代を超えて二度、ヴェネツィアの地で世界の注目を集めることとなった。
本作はゴーモン社が製作・資金提供を手掛け、フランスでは10月29日に公開される予定である。日本での公開は未定。