Google傘下のYouTubeが、メディア業界における支配的な地位をかつてないほど強固なものにしている。かつてはユーザー投稿動画の集積地であったこのプラットフォームは、誕生から20年を経て、テレビの視聴時間を侵食し、コンテンツ消費の中心へと変貌を遂げた。ニール・モハンCEOが掲げるビジョンは、YouTubeを単なる動画共有サイトから、あらゆるエンターテイメントを内包する巨大な経済圏へと進化させることである。
その野心は、スポーツというテレビ最後の聖域への進出に象徴される。YouTubeはNFLと$20億ドル規模の「NFLサンデーチケット」契約を結んでいるが、その関係はさらに深まっている。モハンCEOはNFLのロジャー・グッデルコミッショナーとの会談で、独占試合配信への強い意欲を示唆。グッデル氏も「もちろん(YouTubeは有力候補だ)」と応じ、提携拡大の可能性を認めた。テレビでのYouTube視聴時間がモバイルを上回り、米国で主要デバイスとなった今、スポーツ中継はリビングルームを完全に掌握するための最後のピースなのである。
この成長を支えるのが、強力なクリエイターエコノミーだ。モハンCEOは、YouTubeが過去4年間でクリエイター、アーティスト、メディアパートナーに支払った金額が1000億ドルを超えたと発表。年間広告収入は360億ドル以上、サブスクリプションを含めた総年間収益は$500億ドルを超え、その一部が300万人以上のパートナープログラム参加クリエイターに還元される。このエコシステムは、従来のエンターテイメント企業が停滞する中で驚異的な成長を続けており、コンテンツ制作のあり方そのものを変えつつある。
深夜番組からトークショーまで――既存フォーマットを再定義するクリエイター主導のコンテンツ革命
YouTubeの台頭は、テレビが長年育んできた番組フォーマットの再編を促している。特に、米国の深夜トーク番組(レイトナイトショー)の領域では、地殻変動が顕著だ。地上波番組が視聴率低下に苦しむ一方、YouTubeは事実上の新たな受け皿となっている。
モハンCEOは、かつてNBCの『サタデー・ナイト・ライブ』のコント「Lazy Sunday」がYouTubeでバイラル化したことが「重大な転機」だったと振り返る。テレビ局が自社サイトへの誘導に固執する中、YouTubeは「すべてを一つの場所に集める価値」を証明した。現在では、Aリストの俳優やセレブリティがプロモーションを行う際、テレビ番組よりもAlex Cooperの『Call Her Daddy』やBrittany Broskiの『Royal Court』といったYouTube発の番組を優先するケースが増加している。これは、台本に縛られない自由な対話を求めるスターと、彼らをより深く知りたいと願う視聴者のニーズが合致した結果だ。
視聴者はもはやテレビ局が編成した番組を一方的に受け取るのではなく、YouTubeのフィード上で、異なるチャンネルから提供されるコメディスケッチ、政治的なモノローグ、インタビューなどを自分好みに組み合わせて消費する。これは、モハンCEOが言うところの「フォーマットの再構成」であり、パーソナライズされた視聴体験が主流となったことを示している。クリエイターは誰かの許可を待つことなくアイデアを即座に形にし、視聴者からの直接的なフィードバックを得てコンテンツを磨き上げる。このスピード感と自由度が、既存メディアにはない強みとなっている。
次なる標的はドラマ・映画――Dhar Mannらが牽引する「YouTube発ハリウッド」の胎動
スポーツやトーク番組の領域で影響力を確立したYouTubeが、次なるフロンティアとして見据えるのが、 scripted entertainment(ドラマ・映画)である。この分野は、従来ハリウッドの独壇場とされてきたが、ここでもクリエイター主導の新たな制作モデルが生まれつつある。
その筆頭が、クリエイターのダー・マン(Dhar Mann)だ。彼は125,000平方フィート(約11,600平方メートル)もの巨大なスタジオを構え、短編から長編映画まで、感動的な物語コンテンツを驚異的なスピードと低コストで量産している。マンによれば、長編映画1本の制作コストは6桁ドル前半(数十万ドル)であり、これは従来の制作会社では考えられないほどの低予算だ。制作費の高騰とプロジェクトの削減に直面するハリウッドのスタジオ幹部も、彼の制作手法に注目しているという。
この動きは、マン一人にとどまらない。キニグラ・ディオン(Kinigra Deon)のようなクリエイターも、アラバマ州に学校の建物を購入し、独自の撮影ハブを構築している。彼らはYouTubeというプラットフォーム上でリスクを負いながらも、外部資本を調達し、新たな「ハリウッドのスタートアップ」として成長している。
高リスク・高コストな従来の制作モデルから、視聴者と直結したユーザー生成コンテンツ(UGC)モデルへの移行が進む中、YouTubeはIP(知的財産)創出の新たな震源地となりつつある。制作手法の革新と巨大な視聴者基盤を武器に、YouTubeが scripted entertainmentの領域でもテレビとハリウッドを再定義する日は、そう遠くないかもしれない。