東京都知事選の主役は、当選した小池百合子ではなく石丸伸二だった。当選していないが、短尺動画を多用するなど、選挙戦の戦い方と、その資質を問う議論が飛び交い、色々な意味で最も注目を集めたことは間違いなく、これで一期に知名度は全国レベルになった。落選したけどある意味勝利だ。
そんな彼の安芸高田市での市政4年間と、議会との戦いを追いかけたドキュメンタリー映画『#つぶやき市長と議会のオキテ 【劇場版】』が上映されている。
都知事選の少し前に公開されたのだが、石丸氏の出馬を受けて、一週間で上映は打ち切り。都知事選後に改めて色々な劇場で上映されることになった。政治家のドキュメンタリーは、公示期間中は上映が難しいのだ。
石丸氏の言動に危機感を持つ人、また逆に何かやってくれそうと期待を持つ人もいると思うが、まずは冷静に4年間なにをしていたのかを見つめてみようという人にオススメしたい作品だ。石丸氏の政治家として資質よりも、日本の政治にとって重要なことが見えてくるからだ。
石丸氏の出馬発端はドロドロの政治腐敗
石丸氏が、安芸高田市の市長選に立候補したのは、2019年参議院議員選挙の際の河井克行・案里夫妻による大規模買収事件で、現金を受け取った当時の市長と市議3人が辞職したことに端を発する。この辞職によって開催されることになった市長選に立候補したのだ。
この時、市議が受け取ったお金は50万とか30万円レベルで、まあ、大金といえば大金かもしれないが、「魂売るには安いな」というレベルの金額である。そんなこんなの地方政治の腐敗状況の中、地元出身で若い石丸氏が新風を吹き込んでくれるかもという期待を受けて当選したわけだ。
まず、この映画では最初に、どうしようもないほどに腐敗してる地方政治の惨状が示される。そこにさっそうと、地元出身で故郷の未来を憂う石丸氏が登場するという感じだ。
映画は、1年目、2年目…と年を追って構成されている。1年間の石丸氏にはやる気に満ちて笑顔も多いが、「例の居眠り議員」問題で市議会と対立。雲行きが怪しくなっていく。過疎化の進む同市をなんとかすべく、無駄をなくし、新たな風を起こそうと色々な政策を立案していくが、議会の承認が得られない。
「是々非々」という言葉がキーワードとして登場する。これは「良いものは良い、悪いものは悪い」という意味なんだが、どうも議会の老人たちの言う「是々非々」は「持ちつ持たれつ」ぐらいの意味で使っているのではないか、という気になる。
というのも、「良いものは良い」なら、市長と個人的な関係がこじれたとしても、良い政策かどうかは個別に判断すればいいのだが、ほとんど全否定状態なのだ。明らかに私怨が混じっているように見える。
市議会での答弁も事前に何もかも決まりきった文言を読み上げるたけの形式ばったものになっており、全ては根回りで決まっていることが示唆される。その根回しを上手くやるにも「オキテ」があるのだということが描かれているわけだが、この「法よりもオキテ」のが偉いみたいな感覚は、本当に日本社会のどこにでもあるんだなと思わせる。
こう書くと、議会の老人連中が悪役で石丸氏が改革派のヒーローのように感じられるかもしれないが、石丸氏も結局議会との関係がこじれた状態を修正することができず、4年間膠着状態みたいになってしまう。ツイッターで強い言葉を使う頻度が多くなっていくが、行政の現場では糸口が見いだせない。
ただ、石丸氏が市長になったことで、市民の政治参加の意識が高まったという事実もきちんと描かれていた。特に40代で政治経験なく市議会に立候補した二人の男性の存在は、映画の中で重要だ。
南澤克彦と田邊介三の二人は、石丸陣営というわけではなく、まさに「是々非々」といった感じで、古い議員のやり方を批判し、同時に対話の機会を捻出できない石丸氏のやり方も批判する。市長と議員の間に立って、なんとか打開策を見出そうと奮闘している姿が映される。こういう前向き議員が新たな風を吹き込むきっかけとなったのが、石丸氏の存在であるというのも事実で、しかも二人は後ろ盾の組織もなく上位当選を果たしている。市民の中には、旧来の政治を何とかしてほしいという想いがあることをうかがわせる結果である。
二人は情報発信にも熱心で、Youtubeチャンネルを運営している。
映画の真のテーマは石丸氏ではない
さて、結局のところ石丸氏は政治家としてどの程度期待できるのか。この4年間の市政を振り返るドキュメンタリーを見る限り、良くない部分も、きちんと現実を見ている部分もあるという感じだ。地方行政はひっ迫している。過疎化と人口減少はどんどん進んでいくからどんどん財政は厳しくなる。そのことを踏まえて削減しないといけないものは削減を決めて、新しい産業を興そうとする点も描かれている。
だが、結局それは果たしきれないまま、東京都知事へと鞍替えすることになった。もう少し時間をかけて、ていねいに議会と関係を築いてなんとかするという道はなかったのかという気はする。
新しい安芸高田市長には、石丸氏の手法を批判している藤本悦志氏が当選した。この方は議会との対話重視を打ち出しているが、このドキュメンタリー映画を観る限り、この議員たちにとって対話とは、本当の意味で「是々非々」の議論をするってことじゃなくて、「俺らのオキテに従え」みたいな感じなのでは、という不安はある。
件の40代の二人が当選した市議会選では、河合元議員からお金を受け取って辞職した元議員も当選してしまっている。「これ、本当に反省しているのか」と、地方議会の惨状になかなか暗澹たる気持ちにさせられる作品でもある。
村のオキテが法よりも優先されてしまうという悪習が破れないことには、是々非々で議論を経て決定される本当の民主主義が実現しないだろう。オキテが支配する日本でそれを実現することの困難さ、その本質の一端に触れている作品だと思う。
そういう意味では、石丸氏の人格が云々ということを超えて、日本の政治の重大な問題点に見事に触れた作品だ。そういう視点で見ると、石丸氏は題材に過ぎず、本作の真のテーマはもっと深いところにあると見えてくる。石丸氏という特異な存在がいたから、色々あぶりだされたが、この映画に描かれる法よりオキテみたいな慣習は日本のいたるところにあり、そのせいで色々腐敗しまくってるのに手つかずのまま放置されてる状態なのでは、という気持ちになる。
地方テレビ局の取材力
本作は、広島ホームテレビの制作だ。地元の政治を丁寧に取材して冷静な視点を提供しており、その姿勢は報道として素晴らしいと思う。こうしてまとまった時間の作品を見せられると、やっぱりマスメディアって取材力あるんだなと思わせてくれる。普段のストレートニュースだけでは、マスメディアの取材力はなかなか伝わらないものかもしれない。
地方議会の惨状というのは、地域密着の地方メディアじゃないとなかなかできないだろう。地方のテレビ局の大切さが身に染みる作品でもある。
地方テレビ局の政治ドキュメンタリーでは、石川県のチューリップTVによる『はりぼて』などもあったが、それに負けないくらい良い作品だと思う。マスメディアの信頼を取り戻すには、こういう長尺のドキュメンタリー作品がもっとあればいいのにと思った。
最近は、TBSがドキュメンタリー映画祭を主催して、長尺作品を発表する機会を増やしているが、あれも結構力作揃いで、最近テレビ局によるドキュメンタリー映画の可能性を感じている。
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