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藤井道人監督のミステリー映画『正体』横浜流星の多面的な魅力

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横浜流星主演、藤井道人監督の映画『正体』を観た。ミステリー調ではあるが、謎解きは主題ではなく、「人が人を信じること」がテーマの作品であった。見どころは逃亡中の横浜流星が姿を変えていく様を演じ分けていくことであり、彼の多面的な役者としての魅力を一つの映画で堪能できる。藤井道人監督のらしさも出ている作品だと思う。
 
 
 

ミステリーよりもヒューマニズム

冒頭、横浜流星演じる主人公の鏑木慶一が自分の口の中を痛めつけて、吐血を装い病院に搬送されるところから始まる。ファーストショットから痛々しい感じで始まる。横顔なのは、彼の全てを見せない演出。これは人の多面的な側面を見せて、真実はなにかを問いかけるミステリーなので、全身、表情の正面をまずは見せないで、横顔だけ見せるのが効いている。

刑務所(留置場かも)から病院に搬送される間の救急車で脱走を図り、そのまま逃走。そして、映像は、山田孝之演じる刑事の又貫征吾が、事情聴取をするシーン。逃走した鏑木と接触した人物が、次々と彼について証言する。どれも言うことが違うので、彼の人物像が本当はどうなのか観客としては、そこが気になる仕掛け。ここでも横顔のショットが多い。

鏑木は正体を隠しながら、各地と点々として、様々な人と出会う。人々は基本的に鏑木を信用していく。とても凶悪な殺人犯には見えない。又貫刑事は、上層部の意向もあり、彼を殺人犯と断定して捜索を続けていく。

サスペンス・ミステリー的には、この主人公が本当は善人なのか、悪人なのか、本当に殺人をやったのかがポイントとなる。そして、彼が犯人ではないとすれば、真犯人は誰なのかがきになるわけだが、そっちはむしろミステリー展開の主題にはあまりならないのも特徴。

前半は、彼が善人か悪人かとうサスペンスで物語を引っ張り、後半はむしろ、主人公が潔白を晴らせるのかが焦点となる。真犯人は誰かは割と簡単に明かされる。

ただ、前半の段階で主人公の鏑木が結構いい人であることは示されるのだ。むしろ、殺人犯の汚名を着せられ、一人で潔白を証明しようとした男が、様々な人の暖かさに触れて生きる活力を得ていく、ということの方が映画全体の主題となっている感じもある。

最後に脱走した理由を聞かれた主人公が、「人を信じたかった。正しいことを主張すれば信じてもらえると信じたかった」的なことを言うのだけど、これが伝えたいことなのだろうと思う。そういうヒューマニズム的な方向を志向しており、主人公が出会う人もみんな結構協力的。「人は信じるに値する」ということを言いたい作品なのだろう。藤井監督らしさを感じる部分だ。

 

横浜流星の多面的な魅力

先に書いたが、この映画の魅力は横浜流星の佇まいだろう。逃走中に髪型も風貌もどんどん変化させ、いろいろな横浜流星が観られる。ファンとしては一粒で何度でも美味しいといった感じだろう。

やさぐれ、茶髪で純朴な青年、メガネをかけた誠実な青年、高校生と様々なバリエーションが用意されている。映画なので観客としては「これが鏑木だな」とわかるわけだけど、実際に社会に溶け込んだら、同一人物とは気が付かないかもしれない。それくらい上手く化ける。横浜流星の演技力の高さと幅の広さを感じさせる。役者としては気合の入る脚本だろう。

横浜流星は、陰のある役が最近、すごくハマるようになってきた。同じ藤井道人監督の『ヴィレッジ』でも良かった。横浜流星と藤井監督は、これで『青の帰り道』、『DIVOC-12』『パレード』『ヴィレッジ』に続いての出演か。すっかり藤井組の常連だ。

この映画は、他にも山田孝之、田中哲司、山中崇などの藤井組の役者が出演している。藤井監督は同じ俳優を仕事をしたがるタイプなのだけど、今作は特に常連組が目立つような。
 

藤井道人監督の一貫性

藤井監督は、かなりハイペースで作品を発表しており、その題材も様々でジャンルも多岐にわたっているけど、一貫性を感じさせる。モノトーンの色調でメロドラマ的な要素がある作品が多いと言えるが、人の弱い部分が表出する犯罪ドラマも得意。本作もヒットを記録しているが、自分の作家性みたいなものを曲げずに、お客さんを呼べる監督になってきている。

国内では一貫性のあるヒットメイカーという地位を確立しつつあるが、グローバルな市場でどう戦うのか、気になる監督の一人だ。所属のBABEL LABELはグローバル市場への意識が強いし、藤井監督自体もネットフリックスの作品も手掛け、台湾との合作映画もやっている。映画祭的なものとは異なる道筋でグローバル市場を切り開けるといい。やっぱり、一定のセンスがあるので、きちんとハマれば各国に固定ファンは作れそうな気はする。

個人的には、青春メロドラマが一番力を発揮できるのではと思う。最近だと『青春18x2』みたいなやつですかね。

作品全てを振り返って、そのうち「藤井道人論」みたいなものを書きたいな。
 
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