2月23日に放送された、NHKスペシャル『臨界世界 -ON THE EDGE- 女性兵士 絶望の戦場』は、ウクライナ戦争の最前線に立つ女性兵士たちの姿を克明に描き出したドキュメンタリーだ。あまりにも痛切な内容だが、これは確かに今この世界で起きている現実なんだと突きつけられる内容だった。
戦場に身を投じた彼女たちは、銃を手にし、ドローンを操り、遺体を収集し、仲間の命を救う。しかし、その過酷な現実は想像を絶するものであり、彼女たちの証言は戦争の狂気と絶望を赤裸々に伝えていた。
ウクライナ軍における女性兵士の数は6万7000人に達し、世界有数の規模となっている。彼女たちは志願兵として前線に立ち、時に男性兵士に代わって命を懸ける。番組は、そんな女性兵士の一人ヤナに焦点を当てる。ドローン部隊に所属し、戦場を駆ける彼女は、ロシア軍の暴力を目の当たりにしたことがきっかけで入隊を決意した。戦友たちと共に過ごした3年間で彼女の身体は無数の傷を負い、ドローン爆撃をモロに喰らい全身血まみれになり爆弾の破片が突き刺さる。それでも彼女は「私は私のまま」と語り、心の強さを示す。
一方で、遺体収集兵のカテリーナは、森の中で兵士の遺体を探し続ける。戦場には鼠が住み着いた白骨化した遺体が転がり、3年間で4万6000人のウクライナ兵が命を落とした。メンタルカウンセラーのアナスタシアは、心を病んだ兵士たちの電話を受け続ける。脱走兵の数は3万人に達し、戦争の長期化が兵士の心身をむしばんでいることが明らかになる。
番組はまた、囚人兵として戦うユリアの姿も捉える。麻薬密売の罪で収監されていた彼女は、仮釈放と給料を条件に戦場へ送られた。指揮官は「むりやり連れてこられた兵士よりもよく働く」と語るが、それは絶望的な戦争の現実を物語っている。
英雄として称えられる女性兵士オレーナの葛藤も胸を打つ。彼女はレストランのコンサルタントから一転、突撃歩兵となった。前線での戦闘映像には、彼女が塹壕の中で銃を撃ち、仲間を救う姿が映し出される。200人のロシア兵に囲まれた30人の部隊の一人だったオレーナは勇敢にも最前線で退路を確保する活躍を見せ、ゼレンスキー大統領から表彰され、メディアにも数多く取り上げられた。しかし、彼女には殺せなかった敵がいた。目を合わせた瞬間、引き金を引けなかったのだ。「殺さなければ殺される」戦場で、彼女は自らの心の揺らぎと戦い続ける。
戦争は家庭をも引き裂く。母親であり兵士であるアリョーナは、11歳の娘オーロラと1年以上会えずにいた。軍に入隊したのは、占領によってすべてを失ったため。だが、娘は母の帰還を待ち続け、ついに「国と私、どっちを選ぶの」と問いかける。メンタルに不調をきたしたオーロラは何も食べずに髪の毛をむしりだしたという。それを聞いたアリョーナは軍を辞め家に戻る決意をする。戦場での使命と母親としての責務の間で揺れるアリョーナの姿は、戦争の非情さを浮き彫りにする。オーロラは、「娘に毎日のように、戻ってきてと言わせるような母親になりたくない」と語る。それを聞いたアリョーナは悲痛な表情だ。
2025年1月、オレーナの部隊はロシア軍の激しい攻撃にさらされ、多くの仲間を失う。無線からは次々と戦死する仲間の声が流れ、彼女は絶望の淵に追い詰められる。そして、ついに「戦争なんて大嫌いだ!」と叫び、怒りと悲しみに満ちた言葉を吐き出す。
戦争の終結が模索される中、ウクライナ軍の女性兵士たちは今も最前線に立ち続けている。ヤナは「やり残したことがある」と語り、再び戦場に戻る決意を固める。オレーナもまた、最後まで戦い抜く覚悟を決めた。多くの女性たちが命を懸け、家族はその喪失に涙する。彼女たちの戦いは、国家の存続を懸けた闘争であると同時に、人間としての尊厳を賭けた闘いでもある。
本作は、女性兵士たちの壮絶な現実を通じて、戦争の本質を問いかける。戦場の地獄に投げ込まれた彼女たちの叫びは、決して他人事ではない。戦争とは何か、そしてその代償を誰が支払うのか。本作は、視聴者に深く考えさせる重厚なドキュメンタリーだった。
この「臨界世界」シリーズのドキュメンタリーはいずれも傑作ばかりだ。以下のレビューも是非読んでほしい。
「臨界世界 -ON THE EDGE- 中国のハゲタカたち」不動産バブル崩壊後の中国経済
「臨界世界 ON THE EDGE」理不尽な“ゲーム”に命を握られる難民たちの過酷な実態を密着取材