[PR]

鬼丸正明『映像文化論の教科書』レビュー:スポーツ映像から読み解く、映像表現の奥深さ


鬼丸正明氏の『映像文化論の教科書』は大変刺激的な一冊だった。こういうアプローチの映像批評の本は今まで読んだことがなかった。

映像文化論の教科書 運動としての映画、映像としてのスポーツ

映像文化論の教科書 運動としての映画、映像としてのスポーツ

鬼丸正明
3,018円(03/12 19:52時点)
発売日: 2025/01/29
Amazonの情報を掲載しています

本書は、スポーツ映像に関する批評書だ。副題に「運動としての映画、映像としてのスポーツ」とある通り、映像とはまず何よりも動くものだという基本を押え、映像作品としてスポーツ映像を見るという姿勢で書かれている。

本書はこの書き出しで始まる。ここを読むとなぜスポーツ映像批評が重要なのかよくわかる。

世界で最も多くの視聴者がリアルタイムで見ている映像は何だと思いますか? それは映画でもドラマでもニュースでもありません。テレビのスポーツ中継ですオリンピックやサッカーワールドカップになると、延べ何十億もの人がテレビの前に、同じ一つの映像の前に集まります。それはなぜか。なぜスポーツ映像なのでしょうか。(P13)

例えば、Netflixは全世界に作品を配信し、歴代視聴者数1位の『イカゲーム』は1億人以上の人が見たと言われる。実はこの数字は、オリンピックやワールドカップ中継の人数には全然及ばないのである。

そう、世界で一番人気のある映像は映画でもドラマでもない、スポーツ映像なのだ。そして、それはスポーツが面白いだけじゃなく、スポーツを映像で「演出」した時に、面白い作品になっているということなのだ。

確かに、生のスポーツ観戦とテレビという映像を通して見た時の鑑賞体験は全く別物だ。サッカースタジアムのゴール裏から見ると選手が小さいわけだが、テレビ中継なら、クローズアップで選手の表情がよく見えるし、リプレイなんかも見られる。実際に映像作品として、映像的な演出がたくさん施されており、それを含めて人々を惹きつけているわけだ。

このスポーツ中継を映像として捉えるというのは、物語映画の批評に見られる「物語の解釈」という批評とは全く異なる姿勢が必要になる。映画批評の世界でも、物語のテクスト的な読み解きは、小説などの文学批評と変わらない、映像という独自の言語の批評にならないのでは、と言われることがあるが、この映像的な効果に特化せねばスポーツ映像の批評はできない。そのために、鬼丸氏は、「映像を運動」として捉え直すという作業をこの本で行っている。

映像はなによりも動くもの。この当たり前の原点に立ち返るために、トム・ガニングのアトラクションとしての映画の概念がよく参照されている。僕も「映像は動くもの」という原点に立ち返って、実写とアニメーションを横断する書として「映像表現革命時代の映画論』を書いたのだが、その姿勢と似ていると思った。

映像表現革命時代の映画論 (星海社 e-SHINSHO)

映像表現革命時代の映画論 (星海社 e-SHINSHO)

杉本穂高
1,525円(03/12 19:52時点)
発売日: 2023/12/20
Amazonの情報を掲載しています

実際、アニメーションは動きの芸術であるので、運動として映像を捉えないと本当は書けない。トム・ガニングは純粋な運動の面白さを初期の映画に見出し、動くだけで面白いと人々が感じていた時代の映像を「アトラクションとしての映画」と呼んだわけだけど、その初期映画の持っていた興奮と同じものを、鬼丸氏はスポーツ映像に見いだしている。

映像が動き出すとき――写真・映画・アニメーションのアルケオロジー

映像が動き出すとき――写真・映画・アニメーションのアルケオロジー

トム・ガニング
7,920円(03/12 19:52時点)
Amazonの情報を掲載しています

確かにオリンピックでトップアスリートの躍動する肉体を見るのは、単に勝ち負けという「物語」を楽しむためだけではないはずだ。そこには、純粋に運動への驚きがある。超絶作画を純粋に動きの興奮と感動で見ようとする作画マニアのアニメの見方に通じるものがあるわけだ。

本書は、鬼丸氏の一橋大学での講義をまとめたもので、映画史のおさらいとしても読めるし、映画の基本的な技法、クローズアップとか編集、音響の効果と発展についてもよく学べる一冊になっている。そういう基本的な映像演出技法を駆使しているのがスポーツ中継の映像なのだという論が展開されている。カメラの移動撮影のテクニックがなければ、スポーツ中継は成り立たないとか、確かによく考えてみればその通りだ。他にもプロ野球中継はかなり細かくカットを割って(リアルタイムのスイッチングで)飽きさせないテンポを作っているとか、言われてみるといろいろなことに気付かされる。

色々と発見の多い本だった。個人的には映像と運動として捉え直すとう点で、アニメーション論にも応用可能なポイントもいくつも会ったなと思う。鬼丸氏は2022年に死去されたそうだが、アニメーションでスポーツを描く作品、例えば『THE FIRST SLAM DUNK』のような作品をどのように見ただろうか、と想像したくなる。