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ウクライナ唯一のクィア映画祭「サニー・バニー」、戦争・憎悪・資金難を乗り越え開催


ウクライナ・キーウで開催された唯一のLGBTQ+映画祭「サニー・バニー(Sunny Bunny)」が、ロシアによるミサイル攻撃や資金難にも屈せず、2025年4月に第3回を無事開催した。

映画祭は、侵攻以来最大級とも言われるミサイル・ドローン攻撃の翌朝、ジョフテン映画館前で行われた取材から始まった。フェスティバルディレクターのボフダン・ジュク氏と広報ディレクターのタシア・プガチ氏は、爆風を感じながらも業務を続行。ジュク氏は「非常事態でも、私たちがやらなければ誰がやるのか」と語った。

資金難を乗り越えた開催、国際的支援も追い風に

今年のサニー・バニー開催費用は約6万ユーロ。アメリカ国際開発庁(USAID)からの資金提供が打ち切られたが、ウクライナ国立映画庁やゲーテ・インスティトゥート、国際ルネッサンス財団など、国内外の小規模な支援を組み合わせて実現した。

とりわけ各国大使館との連携が力となり、カナダからアルゼンチンに至る10カ国が協力。英国大使館は、英国クィア映画の回顧上映を提供し、好評を博した。プログラムには、「Peter Hujar’s Day」や「Lesbian Space Princesses」など最新のサンダンス映画祭・ベルリン映画祭作品も含まれ、計60本が上映された。

兄の戦死、スタッフの動員――相次ぐ困難も乗り越える

開催準備中、ジュク氏の兄が前線で戦死。また、フェスティバルの中心スタッフであるプログラマー、ヴィクトル・フロン氏も軍に動員された。しかし、ジュク氏は「チーム全員の支えがあったからこそ乗り越えられた」と語る。

開催中は空襲警報が発令されるたびに上映を中断し、観客をシェルターへ誘導。30分以上の警報で上映を延期するルールがあるが、今年はわずか4回のみ延期にとどまった。

ホモフォビアとの闘い、そして広がる支持

外敵だけでなく、国内の反発にも直面した。かつて2014年、前身イベントで映画館が放火される事件もあった。現在も警察による厳重な警備が続く中、4月19日にはウクライナの右派団体「プラヴァ・モロド」が抗議活動を行い、60人が拘束された。

今年は正教会のイースターと日程が重なったこともあり、SNSでは「祝日にクィア映画祭を開くべきか」といった議論が巻き起こった。しかしプガチ氏は「他の娯楽イベントには誰も文句を言わない」と指摘。「これは単なる口実に過ぎない」と一蹴した。

皮肉にも、こうした騒動がかえって注目を集め、多くの支援の言葉やチケット予約を促進する結果となった。

クィア表現の多様化へ――ピッチング大会も開催

サニー・バニーは、クィア表現の多様化も目指している。シスジェンダー白人男性中心の作品に偏りがちな現状に対し、インターセックスを題材にしたドキュメンタリー「Who Am I Not」などを取り上げた。

また、若手育成のため短編映画ピッチング大会も実施。過去に特別賞を受賞したウクライナ人監督ヴァディム・モチャロフ氏が、今年は正式に国際コンペティションに選出されるなど成果を上げている。

来場者たちは戦禍の中、サニー・バニーで映画を楽しみ、心の避難所を見つけている。「満足した観客、形成されるコミュニティ、そして『人生が変わった』と語る声がある限り、私たちは前進し続ける」とジュク氏は力を込めた。

最終日、喪に服しながらも前へ

フェスティバル閉幕直前、再びキーウがロシアの攻撃を受け、12人が死亡、87人が負傷。4月25日は喪に服す日とされ、サニー・バニーのクロージングパーティーは中止された。

それでも短縮版の授賞式が行われ、サンダンスプレミア上映作「Cactus Pears」が最高賞を受賞。ジュク氏はステージ上で、観客とウクライナ国軍への感謝を表明し、「来年の第4回開催で再会しよう」と誓った。

ソース:Sunny Bunny, Ukraine’s LGBTQ Film Festival, Persists Amid Attack