2026年9月、世界有数の映画祭であるトロント国際映画祭(TIFF)が、新たに公式の映画マーケット「TIFF: The Market」を立ち上げる。この新構想に対し、国際的な映画業界からは期待と懸念が入り混じった様々な声が上がっており、その成否が注目されている。
2026年、トロントに新たな映画マーケットが誕生
トロント国際映画祭(TIFF)は、2026年9月10日から16日にかけて、初となる公式マーケット「TIFF: The Market」を開催すると発表した。TIFFのCEOであるキャメロン・ベイリー氏らによると、初年度の参加者として6,000人を見込み、2030年までにはその数を倍増させることを目標に掲げている。主要会場はメトロ・トロント・コンベンション・センターとなる予定だ。
この新事業は、カナダ連邦政府から3年間で約1,660万米ドル(2,300万カナダドル)の資金援助を受けており、単なる映画の売買の場に留まらない。共同製作やテレビ、イマーシブ・プロジェクトといった、より広範なビジネス機会を創出する総合的なプラットフォームを目指している。
業界に広がる期待と懸念
この新たなマーケットの設立に対し、業界関係者の意見は大きく分かれている。
最大の懸念点は、わずか2ヶ月後にロサンゼルスで開催されるアメリカン・フィルム・マーケット(AFM)との近さである。多くのセールスエージェントやバイヤーは、秋に2度も大規模なマーケットに参加する必要性に疑問を呈している。特にアジアや東欧、中東などのバイヤーは、従来からTIFFよりも釜山国際映画祭やAFMを重視する傾向があり、新マーケットがどれだけ彼らを惹きつけられるかは未知数だ。
ある著名なセールスエージェントは匿名を条件に、「公式マーケットなど誰も望んでいない」と語る。バイヤーは映画祭で上映される200本以上の作品をチェックするだけで手一杯であり、新たな脚本を読む時間的余裕はないというのが実情だ。
一方で、肯定的な見方も存在する。AGC StudiosのCEOスチュアート・フォード氏は、「夏の終わりに新たな公式マーケットが生まれる余地はある。対面での会議が減った今、トロントとAFMが近接していることはむしろ良いことだ」と述べ、自身のセールスが好調だったことから新マーケットへの期待感を示した。また、フランス映画の国際的なプロモーションを担うUnifranceも、新マーケットへの出展を真剣に検討していると明かしている。
コストと運営への疑問
コスト面も大きな論点となっている。TIFFが提示した出展料は、100平方フィートの小規模な「ポッド」が約4,700米ドル(6,500カナダドル)から、3600平方フィートの「マーキー」が約169,000米ドル(235,000カナダドル)からとされている。
TIFF側は「ベルリン国際映画祭のマーケットと比較して競争力のある価格だ」と主張するが、あるイギリスの業界関係者は「競争相手はベルリンではなく、トロント市内のホテルだ」と指摘。これまで通り、慣れたホテルを拠点に商談を行うことを望む声が多く、コンベンション・センターへの移転や追加の参加登録費に難色を示す関係者は少なくない。
競合するアメリカン・フィルム・マーケット(AFM)の動向
「TIFF: The Market」の将来を占う上で、長年のライバルであるAFMの動向は無視できない。今年11月11日から16日に開催されるAFMの成否が、来たるべきトロントの新マーケットへの期待感を大きく左右するだろう。
AFMは、パンデミックやハリウッドのストライキ、不評だったラスベガス開催など、近年いくつかの課題に直面している。さらに、長年トップを務めてきたジーン・プレウィット氏の退任も発表されており、後任人事を含め、その将来像に注目が集まっている。
ある米国のセールスエージェントは「秋に2つのマーケットは必要なのか?バイヤーは大西洋を2度も往復することには消極的だろう」と根本的な疑問を投げかける。
今後の展望と課題
新マーケットが成功を収めるためには、バイヤーの旅費や宿泊費の補助といった具体的な支援策が不可欠との声も上がっている。ある関係者は「本当に成功したいのであれば、開催時期を10月にずらし、AFMを実質的に無力化させるべきだ」と過激な意見を口にするほど、両マーケットの関係性は重要視されている。
活気ある映画祭の雰囲気の中でビジネスができるというAFMにはない強みを持つTIFF。業界の期待と不安が交錯する中、「TIFF: The Market」が秋の映画ビジネスの勢力図を塗り替える存在となれるのか、その動向から目が離せない。