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キャプテン・フィリップスレビュー、船長の勇敢さと世界の理不尽さ

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イギリス出身のポール・グリーンダラス監督は、ハリウッドに活躍の場を移してからは、しばしばアメリカと世界との関係についての題材を描きます。トム・ハンクス主演の最新作「キャプテン・フィリップス」はまたも彼らしい視点の作品です。アメリカ映画として製作されているので、基本アメリカ視点から事件を描きますが、その中にチクチクと世界側の視点を入れ込んでくる。9.11のハイジャック犯と乗客の戦いを描いた「ユナイテッド93」でも単純な勧善懲悪を避けて、事件の背後に思いを馳せるような作りにしていたし、イラク戦争における大量破壊兵器の有無の攻防を描いた「グリーン・ゾーン」は、イラクを舞台にしてほとんど最後までアメリカの国内の政治的ゴタゴタを描いて、最後にイラク人に募る怨恨の深さを示して(マット・デイモンに協力するイラク人青年の行動によって)いました。
そんなグリーンダラス監督の今回の題材はソマリアの海賊。2000年代中盤から急増しているソマリア沖の生みでの海賊行為はニュースでも話題になることがありますが、本作はそんな事件の1つ、2009年の「マースク・アラバマ号乗っ取り事件」を題材にしています。
武装した4人のソマリアの海賊に船に侵入され、乗組員の命を守るため人質となった船長リチャード・フィリップスと彼を救出したネイビー・シールズの活躍を描く作品です。乗組員の命を優先する、冷静さと勇敢を併せ持ったキャプテンの姿を描く作品です。主人公は船長のフィリップスであり、海賊側が敵役という構図ではありましが、そこはさすがグリーンダラス監督といったところで、ソマリアの海賊側の複雑な背景もにじみ出るような作品に仕上がっています。

あらすじ

フィリップスの乗り込む船は、アフリカへの支援物資を届ける貨物船。食糧や衣料品、燃料などを貧困地域へ届けるのが彼の仕事。その支援物資の行先にはソマリアも含まれています。巨大な船ではありますが、軍艦でもない普通の貨物船なので、武装があるわけでもない、接近する海賊たちへの攻撃手段はホースで水を噴射することぐらい。船長の起点や操舵による波起こしなどで1度は撃退するものの、2度目の襲撃で4人の海賊に侵入を許してしまう。
金庫の3万ドルを持って、救命艇で去るように促すものの、フィリップス船長は身代金目的で連れ去られることに。神経をすり減らしつつ、複雑な心理戦をしかけ、なんとか命をつなぎ、外からの救援を呼び込むことに成功する。

トム・ハンクス「複雑な背景を描くことに意義がある」

アフリカへの支援物資を届ける最中にアフリカ人であるソマリアの海賊に狙われるという理不尽さがこの話にはありますが、彼らが海賊に身を落とした事情もまた理不尽なものです。彼らは元々は漁師だと言います。ソマリア沖の漁場はかつてはロブスターやマグロの産地だったそうですが、長く続く政治的混乱のさなか、外国からの不法な漁業による乱獲で豊かな漁場を失い、生活の糧を失くしています。(しかし、全ての海賊が元漁師というわけでもなく、中には漁船にカモフラージュした海賊船もあるので、そう名乗っているだけの場合も)そうして奪われた漁師たちが、今度は海賊として奪う側に回っているというわけです。(参照:公開中『キャプテン・フィリップス』に見る海賊ビジネス 盗まれる立場から盗む立場へ変わったソマリアの現実

監督もトム・ハンクスも単なる英雄譚にするつもりはなく、「事件の複雑な背景を描くこと」に主眼を置いています。アメリカ制作の娯楽映画の枠組みで、メッセージ性をきちんと盛り込むのがこの監督は本当に上手。手に汗握るサスペンスにチクチクとアメリカを外から見る視点を入れることを忘れません。

海賊のリーダー、ムセはフィリップス俺はいつかアメリカに行く。NYに住んで車を買うんだ、と言う。海賊として大金をせしめても彼らの生活は一向に良くならなりません。なぜならソマリアの海賊ビジネスには元締めがおり、どれだけ彼らが命をかけて稼いでもあまり手元には残らないから。彼にとってもアメリカは希望の国でもあるのです。
4人の海賊のうち、生き残ったのはムセ1人。彼はアメリカに送られ、アメリカの裁判所で裁かれました。懲役33年。仲間を失い、絶望の国としてアメリカに送られることになった彼の胸中はどんなものなのでしょうか。

海賊のうち3人はネイビー・シールズによって射殺され、トム・ハンクス演じるフィリップス船長は救出されたあと、医務室で衛生兵に前身に浴びた返り血について聞かれた時、最も顔を歪ませ、悲痛な表情を浮かべ「これは私の血じゃない」と言います。助かった直後の精神不安でまともに受け答えができていない状態だったが、その一言だけははっきりと告げていました。
あの時の彼の胸中にどんな思いがあったのだろう。非常に印象的な演出でした。

映画の原作となったリチャード・フィリップス自身の手記はこちら。
キャプテンの責務

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