日本は平和な国だ。だが日本を含む世界全体は平和ではない。中東では連日紛争による死者は出ているし、ウクライナとロシアの問題もそうだし、中国とチベットの問題もしかり。
平和は素晴らしいことであるのに疑問の余地はない。日本は今年で戦後70年を迎えたが、一貫して平和を保つことができた。それがなんのおかげであるのかはここでは議論しないが、その同じ70年間、世界が日本同様に平和だったわけではなかった。
70年前に終結した戦争で犠牲になった人に思いを馳せることはある。しかし、今そうした窮地に立たされている人々が世界にはいる。同じ日本人だから感じるシンパシーもある。では例えば同時代に生きるシリアの人に同様のシンパシーを感じているかと自問すると、答えに窮する。答えに窮した時にふとこれはおかしいのではと感じた。70年前の人間とは出会う機会はないが、今を生きるシリア人とはどこかで友人になる可能性だってあるのに。
本作「それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと」を配給したユナイテッド・ピープルの担当者も、もしかして同じ疑問を抱いたかもしれない。本作は、日本から遠い国、シリアの若者のリアルを伝える大変すぐれたドキュメンタリー映画だ。いかんともしがたい現実を前に、若者たちの理想(平和的革命)が無残にも打ち砕かれていく様子を間近で捉えている。
サッカーユース代表のGKが民主化運動のリーダーに
本作の主人公は、シリアのサッカーユース代表チームの正GKでったバセットという青年。アジアでも屈指のGKと呼ばれ、将来を約束された青年は2011年のアラブの春の波を受け、シリアの都市ホムスで民主化運動のリーダーとなる。カリスマ的存在となったバセットは、あくまでも平和的な方法で体制の打倒を訴える。大広場で若者たちはバセットを中心に歌い、踊る。ある青年は平和的メッセージの書かれたプラカードを掲げ、軍隊の前に立つ。平和を訴える言葉にどれほどの力があるのか。少なくともその青年はその言葉の力を信じて疑わなかっただろう。しかしその青年は殺された。
現実を前に平和主義を捨てる瞬間
程なくして政府軍の攻撃は激しさを増し、多くの死傷者を出すことになる。ここシリアでは言葉も歌も踊りも、現実の前には何の効果もなかった。シリアではペンは銃よりも弱かった。その現実を目の当たりにしたバセットはそういう結論に至り、武器を取って戦うことを選択する。
カメラは驚くべき対象への近さで、彼らの戦いを映し出している。近いというより、カメラを持った者自身もまた戦いに身を投じている。カメラの目の前で、容赦なく人が撃たれて死んでゆき、大砲の轟音がしょっちゅう鳴り響く、廃墟となった街を駆け抜けてゆく。
映画はバセットを中心にしたレジスタンスたちが、必死の抵抗で街の人々を逃し、仲間を失い、混乱しながらも戦う様子を延々と映してゆく。その生々しさは、数ある戦争ドキュメンタリーの中でも群を抜いている。なにしろ抵抗運動の中心人物の隣で常にカメラがいるのだ。ジャーナリストの視点でもないし、国連発表とも違う。かれら反政府派の苦しみや悲しみを地に足のついた視点で見事に捉えることができている。次第に戦闘状態が当たり前になっていく彼らの姿は痛ましいことこの上ない。
平和は尊い。しかし言葉だけの平和がかくも脆いものかと思い知らされる。歌と踊りで平和な民主運動を目指した理想が粉砕される瞬間を捉えた貴重な作品だ。現代日本でそうした瞬間に立ち会える機会はほとんどない。ただ世界にはそんな現実があることを知っておかなければいけないだろう。
※バセットの故郷ホムスは解放された。しかしシリアの内戦は今も続く。
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