複雑な政治的背景を持った普遍的な青春映画
パレスチナ映画『オマールの壁』は複雑な政治状況に置かれた街での青春映画だ。物語の主題は愛と友情。シンプルゆえに普遍的でパレスチナの特殊な背景がかえって浮き彫りになる。パレスチナ自治区の物語というと、世界情勢の知識がないとついていけないのではないかと思われるかもしれないが、本作はパレスチナの事情を知らない者向けにわかりやすい構図になっている。
愛・友情・裏切りなど物語のキーワードとなるものは、どこの国の若者にもあてはまるものばかりだ。三人の幼なじみの男たちがいる。主人公オマールは幼なじみのタレクの妹、ナディアに恋している。もう一人の幼なじみアムジャドもナディアに惹かれている。彼ら三人はイスラエルに対してゲリラ的な抵抗運動をしており、秘密警察に狙われている。やがてオマールは捕まり、密偵となれば釈放すると持ちかけられる。仲間を売るか、一生囚われの身となるかの選択を迫られるオマールは愛と友情の板挟みとなる。
裏切り者は誰なのか
本作は青春の葛藤物語としても大変見応えがあるが、非常にサスペンスフルな展開も魅力的だ。釈放されたオマールは、なぜ自分たちの計画がバレたのか疑問に思う。実はオマールの仲間たちの中にも裏切り者がいるのでは、という疑心暗鬼が生まれていくのだが、仲間を想う気持ちとナディアの幸せを願う気持ちに、裏切り者を探しだす一連の過程が絶妙に物語に組み込まれていて、絶妙な展開を見せる脚本に唸らされる。
疑心暗鬼が友情を引き裂き、愛をも危うくしていく。彼らの葛藤が深くなっていくにつれ、なぜ彼らがこんな状況に置かれなければいけないのか、なぜ壁によってこの街は分断され、秘密警察によって蹂躙されているのか、パレスチナについて詳しくない者にも、この理不尽に対する怒りや悲しみが去来する。彼らの願いや思いはどこの若者とも違いはない。自由になって愛する人と結ばれて、いつまでも腐れ縁の友情に囲まれて・・・・その願いの実現を拒むものの存在は一体なんなのかが、物語全体を通して浮き彫りになっていく。その象徴としての「壁」。実にうまくできている作品だ。
複雑な政治背景を、シンプルで普遍的な物語を軸に示してみせる監督・脚本のハニ・アブ・アサドの手腕が見事だ。必見。
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