昨日、NHKのクローズアップ現代で、新海誠監督の「君の名は。」の大ヒットの謎を解く特集を放送していた。、一応ソーシャルメディアでの口コミの広がり方にも触れられてはいたが、ヒット分析というより、観客の感動ポイントを探るという趣旨の構成だった。すでに作品を見た人が「ああ、そうだよね」と思える内容ではあったと思うが、これがあるからヒットしたのだ、という明確な解答は見いだせていなかった。
まあ無理だと思います。この作品のヒットはあまりにも突然変異なので、説明するのがすごく難しい。大きな理由がひとつあったから売れた、というより様々な要因の全てが良い方向に循環して偶然に誕生した、という印象だ。そこには狙っていたものもあるだろうし、本当に偶然なものもあるだろう。
今更いうのもあれなのだが、試写会で見てこれが売れるだろうと思った。ただ最大で45億円くらいではないかと思った。細田守の「おおかみこどもの雨と雪」が43.5億円なので、口コミでそのあたりまで成績を伸ばせるパワーが十分にあると感じられた内容だった。
結果は大ハズレだった。いや、ヒットするというのは当たったが、数字が全く当たらなかった。封切り時の上映館数もメジャー作品としてはちょっと少なめだったし、200億を超えるのは想像できなかった。上映開始の時期も8月26日という夏休みの最後の週だったし、通常その年の大ヒット作は、7月下旬か8月1週目に封切らせることが多いが、8月26日の公開というのは、おそらく配給の東宝も少し自信がなかったのではないか。東宝は、「シンゴジラ」は7/29の夏休みシーズンど真ん中で公開、その次の週には、あまり覚えている人もいないかもしれないが、「ルドルフとイッパイアッテナ」を公開している。
公開のタイミング的には東宝が今年の夏最も期待を寄せていたのはこの2作なんだろうと思われる。「ルドルフとイッパイアッテナ」もTOHOシネマズの上映前の宣伝では、しきりにゴジラとコラボしていたし、夏の目玉だったのだろう。封切り時の上映館数も映画.comによれば331館と「君の名は。」の296館より多い。10代がメインターゲットだったはずの「君の名は。」はどう考えてても夏休みが一番の書き入れ時のはずなのに、そのシーズンを外されてしまったのだ。これは大きなディスアドバンテージになってもおかしくないのに、それでも興行成績が伸び続けた。
テレビをはじめとするマスメディアでの露出も多かったには多かった。実際ビデオリサーチの調べでは、やはりテレビのCMをきっかけに鑑賞を決めた人が最も多い。ついで「テレビ番組の紹介を見て」が多い。ただ公開5週目ともなると、クチコミをきっかけに劇場に足を運んだ人がテレビのそれと同程度まで伸びている。クチコミの力もマスメディアの力同様、大きかったといえるだろう。
「君の名は。」の美しいビジュアルは、クチコミで広めやすいとも言える。ソーシャルメディアで共有した時、非常に映えるイメージが多かった。動画や写真のソーシャルメディア時代の若い人の心を掴む力はかなり大きかったと思われる。クチコミの感想以外にもシェアしやすい作品というか。
しかし、ソーシャルメディアでシェアされまくれば売れるのかというと、それだけであんな特大ヒットになるのだろうか。ここ数年の映画の大ヒット作で尻上がりに興行成績を伸ばした作品は他に「アナと雪の女王」がある。映画マーケティングのGEMパートナーズによれば、「アナ雪」は女性を中心とした若い世代から、その後中心の鑑賞者層の『世代交代』が起き、幅広い年代に広がっていったという。
昨日のクローズアップ現代では、「君の名は。」を中高年に見せ感想を聞くようなことをやっていたのだが、「君の名は。」もある程度幅広い世代にも浸透していると思われる。164億円を突破した時点では、鑑賞済の人の世代間はまだおおきかったようだが、今後の鑑賞意欲の高い人の中では世代間の差が縮まっているとという調査もあった。
もっとも、どれだけ導線を調べても、そこに乗ったものが魅力的でなければ、息の長いヒットは生まれない。「君の名は。」にはそんなにも多くの観客を捉える何かがあったということなのだろう。
これは内容分析とは違うのだが、現代は娯楽が多様化し、趣味嗜好も様々だ。そういう時代には、個々の趣味嗜好の島宇宙を横断する共通のイメージを持つこと自体が難しい。あるとすればそれは虚構ではなく、現実しかない。
「シンゴジラ」は3.11という現実のイメージを用いた。これはやはり皆がイメージしやすかった。ああいう娯楽作品として向き合うちょうどいいタイミングだったかもしれない。
「君の名は。」は現実感ある背景がたくさんある。彗星落下という災害はある程度3.11を連想させもする。さらに「君の名は。」には、見ている人の記憶に訴えかける力があるようだ。クローズアップ現代で、「君の名は。」を見た中高年の感想で特徴的だったのは昔の自分の経験を思い出している人が多かったということだった。結び紐のイメージは、時間や歴史の連続性を想起させる上手い仕掛けだと思ったが、それは個々人の過去の記憶を呼び覚ます効果もあったのかもしれない。
まあ、いろいろ考えるんだけど、やはり本当にここまでどうして売れたのだろう、よくわからない。とても良い映画だと個人的には思っているので、ヒットはすごく嬉しいのだけど、何がそんなに人の心を捉えたのか、最奥の部分が見通せていない気がして、喉に魚の骨が詰まったようななんとも言えない気分ではある。
KADOKAWA/メディアファクトリー (2016-06-18)
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