本作の舞台は、1950年代の郊外だ。50年代の郊外とは、アメリカ人にとって何を意味するものなのか、それを知っておくことが本作において重要になる。
第二次大戦が終結し、欧州が疲弊するなか、アメリカが世界の覇権を握り、経済成長の恩恵を受けて、米国民の生活水準はどんどん向上していった。マイホームを持つことは一つのステータスとなり、中産階級の人々にとってのアメリカン・ドリームとは郊外の広い庭つきマイホームで家族仲よく豊かな生活をすることだった。「50年代の郊外」とは、古き良き時代のアメリカン・ドリームの象徴なのだ。
本作のタイトルは、『サバービコン 仮面を被った街』なのだが、サバービコンとは、本作の舞台となっている街の名称であり、これはおそらく郊外を意味する「Suburbs」と、ペテンや詐欺などの意味の「con」をくっつけた造語であろう。
そんなタイトルを持つ本作だが、読んで字のごとしで偽りの郊外生活を描いている。転じてそれはかつてアメリカの発展を支えたアメリカン・ドリームが偽りの姿であったことを明らかにする。
絵に描いたようにラブリーな住宅地。『キングスマン:ゴールデン・サークル』でジュリアン・ムーアが演じる、悪役のポピーが作ったポピーランドのようである。ジュリアン・ムーアはこの映画にも出演していて、最近彼女は50年代の古き良き時代のイコン(を皮肉る存在)として非常に良い仕事をしている。
レヴィットタウンのマイヤーズ家の悲劇
本作のストーリーは、ある実話を基にしている。「郊外の父」と呼ばれる不動産開発者、ウィリアム・レヴィットがニューヨークに建設したレヴィットタウンに、マイヤーズという黒人一家が引っ越してきた時に起こった出来事だ。
彼らが街に引っ越してきた時、住民たちはマイヤーズ家の前で大規模な想像を起こし、十字架を燃やすなどのいやがらせを行い追い出そうとしたのだ。当時、郊外でマイホームを持っているのは白人一家が大多数、彼らは黒人が隣人になったとあっては周辺地価が下がってしまうと考えていたし、犯罪が増えるとも思っていた。レヴィット自身も、非公式に黒人には家を売らない方針を打ち出していた。
しかしながら、1957年にマイヤーズ一家は、すでに家の所有者だった白人から中古物件としてレヴィットタウンの家を購入。それから住人たちによる嫌がらせが昼夜を問わず起きるようになった。マイヤーズ家は忍耐の末、なんとか訴訟に持ち込むことができたそうだが、まあひどい話である。アメリカン・ドリームの象徴である郊外に住む資格は、当時は白人にしかなかったわけだ。(参照)
本作も黒人一家が街に引っ越してくるところから始まる。彼らは上記の実話からマイヤーズと名付けられている。すぐに住民たちは集会を開き、平和な街に危機が訪れたと言わんばかりに深刻な面持ちで議論する。スーパーマーケットは物を売らない嫌がらせし、住民たちは常に白い目を彼らに向ける。そんな中、隣に住む主人公一家の息子のニッキーだけは偏見なく彼らと接している。
偽りの夢の街
しかし、本作の物語の主軸は、彼らマイヤーズ一家ではない。マット・デイモンとジュリアン・ムーアの演じるカップルによる偽装殺人ことが本作のメインストーリーで、マイヤーズ家の苦悩は、文字通り「隣の家の災難」程度にすぎない。
ロッジ家の主、ガードナー(マット・デイモン)は事故で歩けなくなった妻のローズと息子のニッキー、そして脚が不自由なローズを手伝うために住み込んでいるローズの姉、マーガレットの4人で暮らしている。ローズとマーガレットはともにジュリアン・ムーアが演じている。
ある日、強盗が押し入り、妻のローズが殺される。妻を失ったことで、皮肉なことに3人家族の典型的な核家族になったロッジ家。気がつくと、マーガレットの髪型と色がローズと同じものになっている。果たしてこの殺人にはどんな裏があるのか・・・という感じだ。この滑稽な偽装殺人の顛末は、コーエン兄弟の脚本らしさに溢れている。
背景では夢の郊外の欺瞞的な部分を描き、主軸の物語では嘘偽りだらけの核家族を描く。かつてアメリカが見ていた夢は偽りだらけだったのだ。こういう映画が出てくるというのは、アメリカはようやく夢から覚めて現実を見始めたということなのかもしれない。
筑摩書房
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