アニメ惡の華が大変面白い。あれほど不穏な、気味の悪さを突きつめると、人の心を抉り取る娯楽作品になり得るということを証明している。デビッド・フィンチャーの「セブン」なども一切の救いのない物語だったが、人の醜い心を、膿を出し切るかのように描写し、それによって不快感も突き抜ければ娯楽になり得ることを証明していた。
そうした作品が日本のTVアニメでお目にかかれるとは思ってもいなかった。中学時代のどす黒い感情を、ナイフで斬りつけて抉り撮るような作品。その切れ味は原作以上に鋭い。
via アニメ「惡の華」公式サイト
アニメ惡の華を巡る言説について
賛否両論、という言葉は作品を紹介する際には何の意味もない言葉で好きじゃないですが(だって賛否両論ない作品ってあるんでしょうか)、この作品を巡ってはこの言葉がよく使われますね。
Huffington Post:『惡の華』に賛否両論「味がある」「作り手の自己満足」
猛烈に気持ち悪い。アニメ「惡の華」にネット騒然(エキサイトレビュー) – エキサイトニュース
春アニメ『惡の華』作画(キャラ絵)がヤバ過ぎるwwwww 誰得なんだwwww|やらおん!
その他2ちゃんねるまとめ系などではヒドい言われようですね。何がそんなに問題になっているのかというと、多くは原作とあまりにも違いすぎる絵、それを作り出したロトスコープという手法についての是非のようです。現在第6話まで放送されて、内容自体は原作に忠実です。その意味でよくマンガファンに怒られる要因になる原作破壊はしていない。
たしかに絵は全然違う。そのことでマンガファンをないがしろにしていると言われてしまっていますが、果たして本当にそうなのでしょうか。原作のマンガ『惡の華』が描くのは中学時代の学校社会の気持ち悪さや、奇妙な同調圧力、あるいはどす黒い欲望と葛藤。そういう見ていて君の悪い何かを描いている作品です。それを正面きって描いたら「猛烈に気持ち悪い」ものに仕上がるのではないでしょうか。
原作の絵を破壊していますが、このアニメほど原作のコアとなるエッセンスを忠実に具象化できている作品は珍しいです。再現度の秘密はやはりロトスコープという手法にあります。
ロトスコープとは
ロトスコープとは、実写で撮影した映像をトレースして、アニメに描き起こす手法で、古くはディズニーの長編一作目の「白雪姫」に使用されています。日本の長編アニメ一作目の「白蛇伝」にも使用されていますね。最近だとリチャード・リンクレイター監督の「スキャナー・ダークリー」などがあります。
一口にロトスコープといっても純粋にアニメ調にするのか、写実的なスケッチでいくのかなど、3DCGにするのかなどで、最終的な仕上がりは全く変わります。白雪姫とスキャナー・ダークリーと惡の華の印象は実際全く異なります。
白雪姫は「ザ・ディズニー」という感じでなめらかな動きをしますし、スキャナー・ダークリーは実写に絵の違和感を貼付けたような感じで、人物や服の輪郭なども丹念に描写していますし、動きも実写並の動きをしますね。
対して惡の華は、実写で撮った映像から絵に起こす際に極力キャラの輪郭を削ぎ落していますね。服のしわなども最低限しかあえて描き込まないような「引き算」の絵。そんな人物とは対照的に背景はものすごいリアル。この対照で、現実世界に強烈な違和感と薄き気味悪さを入れこんでいます。
この作品に対して「だったら実写でやれよ」というような感想を見かけるのですが、実写でやったら情報量が多すぎて、こういう違和感は出ません。情報量の極端に少ない人物たちと超リアルな背景のアンバランスさが、あの気味悪さを作っている。あの写実的な背景にあののっぺりとした人物が立っているだけでも異様な緊張感を生まれる。(実写から起こしているで、のっぺり感が普通のアニメ絵よりさらに際立っている)さらにあと日本アニメ独特のリミテッド感も不気味さを演出するのに一役買っている。ディズニーのロトスコープのように滑らかに動いたらまたかなり違う印象になるはず。
日本のアニメは多様か、閉塞的か
この作品が随分叩かれてもいるのですが(評価する声ももちろんありますが)、叩かれる理由としては原作にないテイストの絵を採用したから(というかいわゆる萌えを意識した絵柄からほど遠いから)というのがどうも多そうです。アニメーションといってもいろんな表現がある中で、アニメ大国である日本ではこうした作風は受け入れられないのでしょうか。
この作品の評価を考える時、日本アニメには多様性はあるのかどうかもまた考えてしまいます。たしかに日本のアニメの絵のパターンは一定の方向性があり、それが日本のアニメ絵の特徴でもあるのですが、画一化されすぎなのでは?と思うこともよくあります。子供向けアニメから、大人向けの作品まで、コメディもあれば壮大なSF作品もありますし、多様なジャンルの作品を生んでいる一方で、絵は固定化されている。なぜでしょう。日本ではメルヴィル・ランデブーや戦場でワルツをのような作品はダメなんでしょうか。もちろん「つみきのいえ」のような作品もあることも知っていますが、アニメ大国ならもっと多様な作品があっていいはず。メインストリームにおいても。
日本独自の萌え絵でなければ表現できないこともあるのですが、それでは表現できないものもやはりあります。この作品はストレートにアニメにしてもやはりダメだったろうと思います。それは長濱監督がインタビューで仰る通り。普通に従来のアニメにしていたら、キレイな萌えと可愛いキャラで、原作を超える点は一つも生み出せなかったもしれません。
突き抜けて気持ち悪い作品です。しかしそれ故に見た人に強烈なインパクトを残し何かを残す作品です。ただ1クール放送して右から左へ消費されて終了という作品ではいことはたしか。こういう、見る人に挑みかかるような作品がもっと生まれてくると日本のアニメはもっとよくなると思います。しかし、閉塞感漂う中学時代の物語を忠実に際限することによって、アニメ史上の閉塞感に挑むなんて、随分と捩じれた事態だなあ。
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