NHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』第3話は、主人公・麦巻さとこ(桜井ユキ)が、静かな時間のなかで「豊かに生きる」とは何かを見つめ直していく内容だ
【良作の予感】桜井ユキ主演『しあわせは食べて寝て待て』第1話レビュー:病と向き合う女性の静かな再出発 – Film Goes with Net
自宅で仕込んだ梅シロップの味に自ら感動するさとこの姿に始まり、団地の隣人・美山鈴(加賀まりこ)とのやりとりには、古き良きご近所づきあいの温かさがにじむ。現代では希薄になりつつある人間関係が、この団地ではなお息づいている。さとこの小さな行動が、心の距離を縮めるきっかけになっている。
階段の上り下りがつらい身体ながらも、団地5階の部屋からの眺めに心を奪われたさとこは、仕事で培ったセンスを活かし、「野鳥が見える部屋」としてアピールするアイデアを提案する。その視点の柔らかさが、彼女がただ病を抱えた人ではなく、自らの人生を再構築している存在であることを示している。
社員旅行という非日常の時間のなかでも、さとこは心の揺れに直面する。元同僚の訃報、そして今の自分と過去の自分を比較し、かつての「無理していた」顔に気づく。そして、今の自分に「安心した」と語る元同僚の言葉。それらは、さとこに自分の居場所を問う大きな問いとなって返ってくる。
一方、暮らしの中にある「もらいもの」の豊かさも描かれる。団地の住人が届けてくれた新米に、さとこは静かな喜びを覚える。以前の職場に戻れば経済的な不安は解消するかもしれないが、ここには、収入では計れない「つながり」がある。団地の人々との何気ない会話、社員旅行でのひととき、そして鳥のさえずりに包まれた温泉の時間。それらが心を潤し、彼女の選択に静かに影響を与えていく。
ドラマの終盤、団地に戻ったさとこは、まるで「帰ってきた」ような顔をしている。新米で作ったお粥を一口すするその姿には、日々の暮らしへの感謝と安堵がにじむ。かつて夢見た人生とは違っても、「今の生活も、全然悪くない」。さとこのその言葉は、多くの視聴者の胸にも温かく響いたに違いない。
さとこは、こんな生活をしているはずではなかった。病気にならなければ、今もバリバリ働き、マンションも買って今よりも豪奢な生活をしていたかもしれない。でも、今の生活も悪くない、全然悪くないとさとこは感じているように思える。
本作は、失ったものを数えるのではなく、手元にある幸せをそっと見つけていく物語である。第3話は、「生きること」の原点をやさしく問いかける一編となった。派手さはないが、確かに心に残る。そんな温もりに満ちた回であった。